水道の断水により損害を受けた場合、水道事業者に対して賠償請求できるか?

近年、全国各地で水道の断水被害が多発しています。

その原因は、水道事業を営む水道事業者に潤沢な人的・経済的な資源がなく、水道施設の適切なメンテナンスや計画的更新が行われていない状況が続く中、高度経済成長期に整備された水道施設が老朽化し更新の時期を迎えているケースが多いためだと考えられます。

水道施設の老朽化は今後ますます進むため、断水被害の件数は今後も増加することが予想されます。

 

今回は、断水被害を受けた場合、水道事業者に対して賠償請求をすることができるか?という点について、尾畠弘典弁護士が解説いたします。

なお、以下見解に関する部分は尾畠弘典弁護士の私見となりますので、ご留意ください。

 

賠償請求の根拠

1 給水契約の不履行に基づく損害賠償責任

水道事業者は、給水契約上、水道の使用者に対して水を提供する義務を負っています。また、給水の義務は水道法にも規定されています(水道法15条2項本文)。

水道事業者の落ち度により給水ができなかった場合は、給水義務の不履行となり、使用者に発生した損害を賠償する責任があるということができます(民法415条1項)。

水道法

(給水義務)

第15条 略

2 水道事業者は、当該水道により給水を受ける者に対し、常時水を供給しなければならない。ただし、第40条第1項の規定による水の供給命令を受けた場合又は災害その他正当な理由があってやむを得ない場合には、給水区域の全部又は一部につきその間給水を停止することができる。この場合には、やむを得ない事情がある場合を除き、給水を停止しようとする区域及び期間をあらかじめ関係者に周知させる措置をとらなければならない。

3 略

民法

(債務不履行による損害賠償)

第415条 債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。

2 略

2 国家賠償法上の責任及び土地工作物責任

水道事業者は多くの場合、地方公共団体であり、水道施設の設置や管理に瑕疵があれば、国家賠償法1条又は2条を根拠として賠償責任が発生する可能性もあります。

そのほか、断水の発生原因となる施設の種類や設置状況次第では、民法上の土地工作物責任(民法717条1項)が賠償の根拠となる可能性もあります。

国家賠償法

第1条 国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。

2 略

第2条 道路、河川その他の公の営造物の設置又は管理に瑕疵があつたために他人に損害を生じたときは、国又は公共団体は、これを賠償する責に任ずる。

2 略

 

民法

(土地の工作物等の占有者及び所有者の責任)

第717条 土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があることによって他人に損害を生じたときは、その工作物の占有者は、被害者に対してその損害を賠償する責任を負う。ただし、占有者が損害の発生を防止するのに必要な注意をしたときは、所有者がその損害を賠償しなければならない。

2・3 略

免責条項の存在

現在、多数の地方公共団体の条例において、以下のような免責条項が定められています。そのため、断水が発生した場合に、この免責条項を根拠として、被害者への賠償が一律に拒絶されるケースが散見されます。

(給水の原則)

第●条 給水は、非常災害、水道施設の損傷、公益上その他やむを得ない事情及び法令又は、この条例の規定による場合のほか、制限又は停止することはない。

2 前項の給水を制限又は停止しようとするときは、その日時及び区域を定めて、その都度これを予告する。ただし、緊急やむを得ない場合は、この限りでない。

3 第1項の規定による、給水の制限又は停止のため損害を生ずることがあっても市(町村)は、その責を負わない。

このような免責条項が多くの自治体において定められている理由は、昭和33年に旧厚生省が作成した「標準給水条例(規程)の送付について」と題する通知にあると思われます。

この通知は、国が各都道府県に宛てて、各地方公共団体が水道事業者になる場合において、標準となる給水条例の例を示したものです。

この標準条例の第11条には、上記と全く同様の免責規定が置かれているのです。

この標準条例を、そのまま自己の条例の中に引き写した地方公共団体が多いためにこのような状況になっているものと思われます。

なお、通知の内容はこちらから確認することができます。

免責条項は免責の根拠にならない

しかしながら、このような免責条項は、賠償義務を免除する根拠にはなりません

最高裁判所は、令和4年7月19日の判決において、このような免責条項はあくまで水道法15条2項ただし書の「災害その他正当な理由があってやむをえない場合」には給水義務が免除されて債務不履行による損害賠償責任が生じないことを単に確認したものに過ぎない、という解釈を示しました。

要するに、水道事業者は、このような免責条項の存在を盾にして、一律に損害賠償を拒絶することはできないということになります。

「災害その他正当な理由があってやむをえない場合」に該当するか否かが問題であって、そのような場合に当たらないのであれば債務不履行となり、水道事業者には損害賠償責任が発生すると解することができるのです。

この最高裁判決の内容及び事案の概要は次のとおりです。

平成30年に沖縄県宮古島市で発生した断水の被害を受けた事業者が原告となり、水道事業者である宮古島市を被告として、損害賠償請求訴訟を提起しました。第一審と第二審は、市が条例に規定する免責条項が適用されることなどを理由として原告の請求を認めませんでした。

原告が上告したところ、最高裁判所第三小法廷は、令和4年7月19日、市が条例で定める免責条項によっては賠償義務の免責は認められないとして、第二審判決を破棄の上、審理を高等裁判所に差し戻しました(判決全文はこちら)。

なお、尾畠弁護士は、第一審段階から原告の代理人として対応し、上告審の対応も行ってまいりました。

おわりに

断水の要因には様々なものがあり得るところであり、水道事業者の損害賠償責任の成否についてひとくくりに判断することはできません。

例えば地震や風水害など災害が原因の場合は、水道事業者に対して責任を追及することは困難なケースが多いと思われます。

一方、水道施設の管理を漫然と放置したり、水道施設の更新を全く計画・検討しない状況下において水道施設の老朽化による故障で断水した場合は、損害賠償を請求することができるものと考えられます。

上述の最高裁判決は、言い渡されてから日も浅く、水道事業者がその存在を認識していない可能性も十分にあると思われます。

そのため、断水の原因が十分に検討されることなく、旧厚生省の通知にある免責規定と同一・同種の規定の存在を理由として、機械的・画一的に賠償を拒絶するケースが発生する可能性は、今後も高いと考えられます。

尾畠弘典弁護士は、断水に対する賠償請求のご相談・ご依頼をお受けしております。

お困りの方はご相談ください。

この記事を書いた人

当法律事務所は、相談しやすい・親しみやすい法律事務所を目指しています。そのため、電話やZoomによる遠隔地相談にも対応しています。また、遠方にお住まいの方からのご依頼も多数お受けしております。

特に宿泊業や製造業等の事業者は、断水により莫大な損害を被る可能性があります。断水による賠償を拒絶されたとしても、諦める前に当事務所へご相談ください。

担当弁護士:尾畠弘典

弁護士資格取得後、自治体職員として法務部に相当する部署で4年余り勤務した経験があります。そのため、自治体などの行政機関よりご相談・ご依頼を受ける一方、行政経験を活かして行政処分に対する不服申立てや取消訴訟、行政に対する賠償請求の案件などを積極的に取り扱っています。

特に、①行政職員の懲戒処分及び分限処分に対する審査請求・取消訴訟並びに②行政が設置管理する施設の瑕疵によって生じた損害の賠償請求については、全国各地よりご相談・ご依頼を受けています。