自社株相続の完全ガイド|評価方法から事業承継税制まで徹底解説

中小企業のオーナー社長にとって、「自社株」は単なる金融資産ではありません。それは、あなたが長年心血を注いで築き上げた「事業そのもの」であり、従業員や取引先を守るための「経営権(コントロール権)」の象徴です。

しかし、多くの経営者が「うちはまだ大丈夫」「株価なんてそんなに高くないはずだ」と対策を先送りにしてしまっています。ここに大きな落とし穴があります。自社株の相続は、現預金や不動産の相続とは決定的に性質が異なります。対策を怠れば、想定外の高額な相続税が発生するだけでなく、納税資金を捻出するために会社資金が流出したり、株式が分散して経営が機能不全に陥ったりと、最悪の場合は「黒字廃業」に追い込まれるリスクさえあるのです。

特に近年、事業承継税制の特例措置や相続時精算課税制度の改正など、国に用意された制度は複雑化しており、知っているか知らないかで数千万円、数億円単位の差がつくことも珍しくありません。

この記事では、自社株の評価方法のメカニズムから、最大の課題である税金・資金問題、そして最新の税制を活用した具体的な対策までを、専門的な視点を交えて網羅的に解説します。愛する会社を次世代へ確実にバトンタッチするための、決定版ガイドとしてご活用ください。

目次

Section 1:自社株相続の基本理解:評価と税金

上場企業の株式であれば、証券取引所での株価(終値など)を見れば一目瞭然です。しかし、中小企業の株式(取引相場のない株式)には市場価格がありません。では、相続税を計算する際、その価値はどのように決められるのでしょうか。

1-1. 自社株の評価方法を知る:なぜ未公開株は高くなりがちなのか

自社株の評価額(相続税評価額)は、国税庁の「財産評価基本通達」に基づいて計算されます。会社の規模(大会社・中会社・小会社)や株主の立場によって評価方法が異なりますが、オーナー社長が押さえておくべき主要な評価方式は以下の3つです。

① 類似業種比準方式(るいじぎょうしゅひじゅんほうしき)

「あなたの会社と似た業種の上場企業の株価」を基準にして評価する方法です。主に大会社や中会社で適用されます。以下の3つの要素(比準要素)を上場企業と比較して算出します。

  • 配当金額
  • 利益金額
  • 純資産価額(簿価)

業績が好調で利益が出ている会社ほど、この評価額は高くなります。ただし、上場企業の株価は市場の影響を受けるため、景気が良く株価が高い時期に相続が発生すると、連動して自社株の評価も高くなる傾向があります。

② 純資産価額方式(じゅんしさんかがくほうしき)

「会社が解散したと仮定した場合、株主にいくら返ってくるか」という視点で評価する方法です。会社の全資産を相続税評価額(時価)で評価し直し、そこから負債を引いた額を発行済株式数で割って算出します。主に小会社や、資産保有割合が高い会社で適用されます。

注意点は、土地や建物などの含み益がそのまま評価額に反映される点です。創業から長く続き、過去に安く買った土地を持っている場合などは、評価額が跳ね上がることがあります。

③ 配当還元方式(はいとうかんげんほうしき)

過去の配当金額から逆算して株価を求める方法です。評価額が非常に低くなるのが特徴ですが、これは経営権を持たない少数株主(従業員株主や遠い親戚など)が株式を取得する場合にのみ適用される特例的な計算方法です。オーナー社長や後継者には原則として適用されません。

【なぜ予想以上に高くなるのか?】

中小企業の多くは、将来の不況に備えて利益を会社内部に貯め込む(内部留保する)傾向があります。長年積み上げられた内部留保は「純資産」を押し上げ、毎期の「利益」も評価を押し上げます。つまり、「優良企業であればあるほど、自社株の評価額(=相続税)は高くなる」というジレンマが存在するのです。

1-2. 自社株相続で直面する最大の課題:高額な相続税と納税資金の確保

自社株評価の仕組みを理解したところで、実際に相続が発生した際のシミュレーションを考えてみましょう。

例えば、自社株の評価額が5億円と算出されたとします。他の財産(自宅や預金)が1億円あるとすれば、遺産総額は6億円です。

相続人が子供2人の場合、相続税の総額は約2億3,000万円にも上ります(配偶者控除などを考慮しない概算)。これを、相続発生から10ヶ月以内に現金で納付しなければなりません。

ここで最大の問題となるのが、「納税資金の不足」です。

換金性の欠如: 上場株式なら市場で売って納税資金を作れますが、非上場株式は売る相手がいません。

個人資産の限界: オーナー社長の財産の大半が「自社株」であるケースが多く、納税に必要な数億円もの「現金」を個人で持っていることは稀です。

結果として、後継者は以下の苦渋の決断を迫られます。

  • 会社から多額の退職金を借り入れる(会社の資金繰りが悪化する)。
  • 会社が自社株買いを行う(みなし配当課税が発生し、手取りが減る)。
  • 最悪の場合、会社を売却(M&A)して納税する。

これが、黒字企業であっても相続を機に経営危機に陥る「相続倒産」のメカニズムです。

1-3. 誰が相続するべきか?経営権の分散リスクと遺留分の問題

税金の問題と並んで重要なのが、「誰に、何株渡すか」という経営権の問題です。

会社法では、株主総会の決議要件として以下のラインが重要視されます。

  • 過半数(50%超): 取締役の選任・解任など、普通決議を通せるライン。
  • 3分の2以上: 定款変更、合併、解散など、特別決議を通せるライン。

安定した経営を行うためには、後継者が単独で3分の2以上(少なくとも過半数)の株式を保有することが理想です。

しかし、ここで「遺留分(いりゅうぶん)」の問題が立ちはだかります。遺留分とは、一定の相続人(配偶者や子)に最低限保障された遺産取得分です。

例えば、後継者である長男に「自社株すべて(5億円)」を相続させ、次男には「預金(1,000万円)」しか残さなかった場合、次男は遺留分を侵害されたとして、長男に対して「遺留分侵害額請求」を行う権利があります。

以前は現物(株式そのもの)の返還請求ができましたが、民法改正により現在は「金銭での支払い」が原則となりました。つまり、後継者は自社株を守るために、次男に対して巨額の現金を支払わなければならず、結局は資金不足に陥るリスクがあるのです。

Section 2:【最重要】高額な相続税をゼロに近づける特例措置

前述した「高額な税負担」と「資金不足」という致命的な問題を解決するために、国は「事業承継税制(法人版事業承継税制)」という特例措置を用意しています。これは、条件を満たせば税負担が実質ゼロになる可能性がある、極めて強力な制度です。

2-1. 事業承継税制(納税猶予及び免除制度)の徹底解説

事業承継税制には「一般措置」と「特例措置」がありますが、現在活用すべきなのは、2018年度税制改正で創設された「特例措置」です。

制度の概要とメリット

後継者が、先代経営者から贈与または相続により取得した非上場株式について、一定の要件を満たす場合、その株式にかかる贈与税・相続税の全額(100%)が納税猶予されます。

さらに、後継者が将来、次の後継者(三代目など)にこの特例を使って株式を贈与した場合や、後継者が死亡した場合などには、猶予されていた税金が免除されます。

つまり、代々この制度を使って引き継いでいけば、自社株に関する相続税・贈与税は永久に支払わなくて済む可能性があるのです。

適用を受けるためのプロセスと期限

この特例措置は期間限定であり、適用を受けるためには以下の期限を守る必要があります。

特例承継計画の提出: 2026年(令和8年)3月31日まで
認定経営革新等支援機関(税理士や商工会議所など)の指導を受けて計画を作成し、都道府県知事に提出する必要があります。期限が延長されましたが、これを逃すと特例措置は使えません。

贈与・相続の実行: 2027年(令和9年)12月31日まで
上記の期間内に実際に株式の譲渡を行う必要があります。

主な適用要件

会社: 中小企業者であること、上場会社でないこと、風俗営業会社でないこと、資産管理会社(資産保有型会社・資産運用型会社)に該当しないこと。

先代経営者: 会社の代表権を有していたこと、一族で過半数の株を持っていたこと。

後継者: 会社の代表権を有していること(贈与時)、20歳以上(贈与時)、役員就任から3年以上経過していること(贈与時)など。

2-2. 特例の適用後の継続要件と、納税猶予が打ち切られるリスク

「税金がゼロになるなら使わない手はない」と思いがちですが、この制度には「取消事由(打ち切りリスク)」という大きな落とし穴があります。猶予期間中に要件を満たせなくなると、猶予された税金全額に「利子税」を上乗せして一括納付しなければなりません

特に注意すべき「5年間」の要件

承継後5年間は「経営承継期間」と呼ばれ、以下の厳しい要件が課されます。

後継者が代表であり続けること: 代表を辞任するとアウトです。

株式を保有し続けること: 譲渡や解散は原則アウトです。

雇用の維持: 以前は厳格でしたが、特例措置では「5年平均で従業員の8割を維持できなくても、理由書を提出すれば認定は取り消されない」と緩和されています。しかし、報告義務は残ります。

5年経過後の要件

5年経過後も、株式を継続保有する必要があります。もしM&Aで会社を売却したり、会社を解散したりした場合は、その時点で猶予されていた税額を納付する必要があります(一部、減免計算の特例あり)。

つまり、事業承継税制を使うということは、「一生(あるいは次の代まで)会社を売り払わずに経営し続ける」という覚悟を決めることとイコールなのです。将来的にM&A(会社売却)によるイグジットを少しでも考えている場合は、この制度の利用は慎重になるべきです。

Section 3:円滑な事業承継のための具体的な対策(生前対策)

事業承継税制は強力ですが、手続きが煩雑でリスクもあります。そのため、特例を使わずに(あるいは特例と併用して)、生前に確実な対策を行っておくことも重要です。

3-1. 株式の移転対策:生前贈与と株価対策の合わせ技

相続発生時まで待つのではなく、生前に計画的に株式を後継者に移転させる方法です。

令和6年改正で使いやすくなった「相続時精算課税制度」

これまでは「暦年贈与(年110万円非課税)」をコツコツ続けるのが王道でしたが、令和6年(2024年)1月の税制改正により、「相続時精算課税制度」の利便性が飛躍的に向上しました。

改正ポイント: 従来の2,500万円の特別控除に加え、年110万円の基礎控除が新設されました。

メリット: 相続時精算課税制度を選択しても、年110万円以下の贈与であれば申告不要で、かつ相続財産への持ち戻し(加算)もありません。

活用法: 一気に2,500万円分までの自社株を後継者に贈与して株数を確保しつつ、その後も毎年110万円分の株を非課税で移し続けることが可能です。特に、「将来株価が上がることが確実」な場合、今の低い株価で固定して贈与できるこの制度は非常に有利です。

株価引き下げ対策(評価額の圧縮)

贈与や相続を行うタイミングに合わせて、意図的に自社株の評価額を下げる対策です。

役員退職金の支給: 創業社長への退職金支給により、会社の利益と純資産を減少させ、株価を下げます。

高収益部門の分社化: 利益率の高い部門を切り離すことで、本体の類似業種比準価額を下げる手法です。

不動産の購入: 現金を不動産(賃貸物件など)に換えることで、評価額を圧縮します。

※ただし、あからさまな租税回避行為(株価を下げるためだけの不自然な取引)は、税務署から否認されるリスク(総則6項の適用など)があるため、必ず税理士の指導の下で行ってください。

3-2. 経営権の安定対策:種類株式や信託の活用

「後継者に議決権を集めたいが、他の子供にも財産(配当など)は渡したい」という場合には、会社法上の「種類株式」や「民事信託(家族信託)」が有効です。

種類株式(黄金株・議決権制限株式)

定款を変更し、普通株式とは異なる権利を持つ株式を発行します。

無議決権株式: 配当は受け取れるが、株主総会での議決権がない株式。これを後継者以外の相続人に渡すことで、経営への介入を防ぎつつ、経済的利益を分配できます。

拒否権付株式(黄金株): 株主総会の決議に対して拒否権を行使できる株式。後継者に経営を任せつつも、万が一の暴走を止めるために会長(先代)が保有するケースがあります。

民事信託(家族信託)

自社株を信託財産とし、管理・運用する権限(議決権)を「受託者(後継者)」に、そこから生じる利益(配当)を受け取る権利を「受益者(後継者以外の親族)」に分ける手法です。遺言よりも柔軟な設計が可能で、近年注目されています。

3-3. 遺言書の作成と遺留分対策

どれだけ対策を練っても、社長が急逝してしまえば元も子もありません。最終的な防衛ラインとして「遺言書」は必須です。

公正証書遺言: 自筆証書遺言は形式不備で無効になったり、紛失・改ざんのリスクがあったりするため、公証人が作成する「公正証書遺言」一択です。「自社株はすべて長男〇〇に相続させる」と明記します。

付言事項(ふげんじこう)の活用: 遺言書の最後に、家族へのメッセージを残せます。「なぜ長男に株を集中させるのか、会社の継続がいかに重要か」を情理を尽くして書くことで、他の相続人の納得を得やすくなり、遺留分減殺請求の抑制につながります。

除外合意: 推定相続人全員の合意があれば、家庭裁判所の許可を得て、自社株を遺留分の算定基礎から除外することができます(経営承継円滑化法の活用)。これは究極の遺留分対策ですが、ハードルは高めです。

結論:今日から始めるべき「自社株相続」の第一歩

自社株の相続対策は、一朝一夕にはできません。株価を下げるのにも、特例計画の認定を受けるのにも、親族の理解を得るのにも、年単位の時間が必要です。

会計検査院からは「現在の評価方法は安すぎる」との指摘も出ており、将来的には評価ルールが改正され、増税されるリスクも囁かれています。動くなら、ルールが明確で有利な特例がある「今」しかありません。

円滑な事業承継を実現するために、まずは以下の3ステップから始めてください。

現状把握: 顧問税理士に依頼し、「今、相続が起きたら自社株はいくらか? 相続税はいくらかかるか?」の試算を出してもらう。

後継者の決定: 誰に継がせるか、あるいはM&Aで第三者に譲るかを決断し、本人と意思疎通を図る。

セカンドオピニオン: 自社株対策は高度な専門知識を要します。顧問税理士が資産税に詳しくない場合は、事業承継専門の税理士に相談し、特例利用の可否や最適なスキームの提案を受ける。

あなたの決断と行動が、会社の未来と、残された家族の絆を守ります。手遅れになる前に、今日から第一歩を踏み出しましょう。

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この記事を書いた人

山室 拓也のアバター 山室 拓也 弁護士

日々ご相談を頂く中で法律問題ではない相談に直面することもございます。司法書士、社労士、税理士、弁理士といった士業と連携するにとどまらず、探偵業、不動産業、製造業等を営む方とのネットワークを有することで、法律問題に限らず法律以外の解決策を提示させていただくなど、相談者様に寄り添った解決策を導き出します。

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