福岡高等裁判所は、令和5年12月21日、原告の主位的請求(給水契約の債務不履行に基づく損害賠償請求)を一部認容し、宮古島市に対して原告2社に合計約200万円の支払等を命じる判決(以下「本件判決」といいます。)を言い渡しました。
なお、本件判決は、原告2社、宮古島市双方上告することなく上告期限を経過し、令和6年1月5日に確定しました。
以下では本件判決の概要をご説明いたします。
※ 鍵括弧内は判決文からの引用です。ただし、便宜のために「被控訴人」の表記を「宮古島市」に置き換えています。また、鍵括弧中の下線は尾畠弘典弁護士によるものです。なお、「…(中略)…」としている部分は尾畠弘典弁護士の判断で省略しています。
本件判決は、原告の主位的請求についてまず①水道法(平成30年法律第92号による改正前のもの。)15条2項ただし書の適否について判断した後、②給水契約の債務不履行に基づく損害賠償の要件としての帰責事由(民法(平成29年法律第44号による改正前のもの。)415条1項後段)を検討しています。
本件判決は、①について次のように判断し、水道法15条2項ただし書の適用を否定しました。
「宮古島市は、本件断水当時に施行されていた水道法においても、同法15条2項本文により水道事業者として常時給水の義務を負い、同法1条の同法の目的、同法2条1項の地方公共団体の責務、同法4条の水質基準、同法5条の施設基準、同法14条の供給規程、同法16条以下の給水装置の構造及び材質、検査、水道技術管理者等に関する諸規定に照らせば、水道施設を良好な状態に保つためその維持及び修繕を行わなければならない義務及び水道施設の状況を勘案して適切な時期に同施設を維持するために必要な措置を講ずる等の義務を負っていたと解される。
この義務を前提に…(中略)…事実関係を考慮すれば、本件断水は、水道法15条2項ただし書の「災害」によるものではないけれども、本件ボールタップが、配水池、すなわち多くの地区に配水する基幹施設の貯水量を適正に保つ重要な役割を有すること、相当の力を受け、水に濡れる部材があるのに、約40年にわたり取り換えられなかったことなどから、上記ただし書の「その他正当な理由があってやむを得ない場合」に該当するとはいえない。」
また、②について次のように判断し、宮古島市の帰責事由を認めた上で給水義務の不履行に基づく損害賠償義務の成立を認めました。
「金属製の本件ボールタップの支柱や弁が水に濡れた状態で力を受け約40年使用されたなどの事実関係からすると、本件断水の時点に立って考えても、宮古島市に本件破損の予見可能性や結果回避可能性があったと認めるのが相当であるし、本件ボールタップを含めた配水池の重要性、その数が限られること…(中略)…をも併せ考えると、予見義務のほか、綿密な点検、配水池への流入量の正確な把握や相当期間経過後の取り換え等、本件破損及び断水を回避する義務を認めるのが相当である。それが水道事業者に過大な負担を課するともいえない。」
また、損害については次のように判断しました。
まず、(1)キャンセル料、宿泊時に水道使用ができなかったための返金額、及び顧客が本件断水のため宿泊先を変更せざるを得なくなったために増額した宿泊料の負担額の合計額の85%を損害と認めました。減額する理由としては「主にキャンセルに関する分については、水道光熱費やリネン・アメニティに関する費用の負担を免れた部分があるものと推認される」などと判示しています。
(2)レストラン、カフェの営業損害については、過去の平均売上から予想される売上相当額の約60%を損害と認めました。原材料の費消・購入を免れたことが推認されることと、過去の期間の売上には相当程度の相違があること等の事情を考慮して減額する、としています。
(3)人件費相当額の損害については「本件断水に関する対応のために、従前の予定を超えて人件費の出捐が追加されたことを認めるに足りる証拠はない」として認められませんでした。
(4)ホテルのイメージ毀損及び潜在的顧客の減少による損害の主張については「本件全証拠によっても、そのような事実やこれによる損害発生の事実を認めることはできない」として認められませんでした。
(5)弁護士費用相当額の損害については、「その可否につき、控訴人らが予備的請求において本件断水に関する請求等をしているように、給水義務の債務不履行の有無に関し、主張立証の責任の所在はともかく、宮古島市の給水義務の有無、本件断水が水道法15条2項ただし書に定める場合に当たるか否か等の主張立証の必要があり、実質的には不法行為による損害賠償請求をする場合とほとんど変わるところがない。そうすると、上記主位的請求における給水契約の債務不履行による損害賠償請求権は、同契約の当事者である給水を受ける者がこれを訴訟上行使するためには弁護士に委任しなければ十分な訴訟活動をすることが困難な類型に属する請求権であるといえる。額に関し、弁論の全趣旨によれば、控訴人らが上記債務不履行による損害賠償請求をするために訴えを提起することを余儀なくされ、訴訟追行を弁護士に依頼したことが認められる」と判示した上、事案の難易、請求額、認容された額その他諸般の事情を斟酌して合計18万円を損害として認めています。
なお、遅延損害金の利率は年6%と判示しています。平成29年法律第45号による改正前の商法514条が定めていた商事法定利率になります。
以上が主位的請求に対する判断の説明です。
予備的請求(民法709条、717条1項又は国家賠償法2条1項に基づく損害賠償請求)については、「主たる請求の認容額は主位的請求の認容額を超えず、遅延損害金請求の起算日を考慮しても、その認容額が上位的請求の認容額を上回るとは考えられないから、判断の必要がない」と判示しています。
(1) 新規性
本件判決は、水道法15条2項ただし書の適用が争点となり、この点について判示した初めての裁判例ではないかと思われます。
また、断水事案において水道事業者の給水契約上の給水義務違反を認めた上で水道利用者に対する賠償を命じた初めての裁判例ではないかとも思われます。
(2) 平成30年の水道法改正前の時点においても水道事業者の水道施設の維持、修繕義務を認めたこと
平成30年法律第92号により水道法が改正され、水道事業者等に対し、省令の定める基準に従って水道施設の維持及び修繕をしなければならないことや、水道施設の計画的な更新に努めなければならないこと等の点について明文の規定が置かれ、それらの規定は令和元年10月1日に施行されるに至っています(水道法改正の詳細は厚生労働省のホームページ参照)。
したがって、令和元年10月1日以後は、水道事業者が水道施設の維持・修繕を行う義務及び計画的に更新を行う努力義務を負うことは明らかです。
他方、本件断水はこのような規定が置かれる前に発生したため、本件断水の発生当時、これらの規定の適用はなされていなかったところ、本件判決は、「本件断水当時に施行されていた水道法においても、…(中略)…諸規定に照らせば、水道施設を良好な状態に保つためその維持及び修繕を行わなければならない義務及び水道施設の状況を勘案して適切な時期に同施設を維持するために必要な措置を講ずる等の義務を負っていたと解される」と判断しました。
かかる判断は、当該改正前の時点においても水道事業者は水道施設の更新を含む施設の維持、修繕義務を負うことを認めたものと理解できます。
(3) 水道法15条2項ただし書の適用における考慮要素を示したこと
本件判決は、水道法15条2項ただし書の解釈について一般的・抽象的な規範の定立までは行っていないように読めますが、本件断水の原因となったボールタップが、①配水池という多くの地区に配水する基幹施設の貯水量を適正に保つ重要な役割を有すること、②相当の力を受け水に濡れる部材があること、③約40年にわたり取り換えられなかったこと、の3点を同項ただし書の適用がないことの主たる理由として掲げています。
これらの考慮要素をより一般化すれば、本件判決は、①断水の原因たる水道施設及び水道施設を構成する機器等(以下「当該施設等」といいます。)が常時給水実現のために重要な役割を有しているか否か、②当該施設等の材質、設置状況等から当該施設等にどのような劣化・損傷が予期されるか、③水道事業者が当該施設等にどのような維持、管理を行ってきたか、の3点を主たる考慮要素としているものと考えられます。
(4) 債務不履行に基づく損害賠償において弁護士費用相当額の損害を認めたこと
債務不履行に基づく損害賠償の損害として弁護士費用相当額を認める判例・裁判例が散見されますが(最判平成24年2月24日判時2144号89頁、東京地判平成28年11月10日判タ1438号199頁、東京地判平成28年3月30日判例秘書:L07130911、福岡高判平成18年3月9日判タ1223号205頁等。)、本件判決は、給水契約の債務不履行に基づく損害賠償において弁護士費用相当額を損害として認めた裁判例として、これらの判例群に新たに加わるものです(なお、弁護士費用相当額の損害の賠償について菱田昌義「弁護士費用賠償の法理」(『自由と正義』72巻13号(2021年12月号)48頁~55頁参照)。
(1) はじめに
本件最高裁判決は、昭和33年の厚生省水道課長通知に添付された標準給水条例の引き写しであり、断水によって損害を生じたとしても水道事業者は責任を負わない旨定めている宮古島市水道事業給水条例16条3項(以下「本件免責条項」といいます。)を事実上空文化する解釈を行いました(判決全文は裁判所ホームページ参照。)。
また、本件判決は、水道事業者の水道利用者に対する給水契約上の債務不履行に基づく損害賠償義務を認めました。
本来、これらの判決を待つまでもなく、水道事業者が上述の賠償責任の免責条項の上にあぐらをかいて水道施設の維持、管理を疎かにすることは許されるものではありません。
また、民法が定める契約の原則からすれば、水道事業者の過失によって断水が発生するなどして水道利用者に損害が生じた場合に水道事業者が賠償責任を負うことは至極当然のことと考えられます。
(2) 従前の自治体の対応
これらの判決が出る前の自治体の対応についてみると、全国各地の水道事業者において、水道事業における事故(断水、濁り水、漏水、施設の損傷、転倒等の人的被害等々)が発生した場合に賠償責任保険を利用して損害の填補が行われるケースがこれまでに相当数あるものと推察されます。
その一例を挙げると、広島市水道局ホームページには同市が賠償責任保険によって対応した事故の一覧資料(「平成29年度~令和3年度水道賠償責任保険に係る事故履歴一覧表」)が掲載されています。
同市の水道事業給水条例14条3項は、本件免責条項とほぼ同様の規定となっていますが、この資料によれば、広島市は断水により発生した赤水、濁り水の被害については賠償責任保険にて損害の填補を行っているようです。
一方、断水発生から間もなく、断水の具体的な原因及び水道事業者の過失の有無程度が十分に調査分析されていないような段階において、水道事業者が本件免責条項と同様の規定を根拠として、断水により水道利用者に生じた損害の賠償を拒絶するケースも見られます。
例えば、令和3年10月に和歌山市内に設置された六十谷水管橋の崩落により同市北部において大規模な断水が発生した際には、同市の担当者は、断水発生間もない同年10月20日に開催された全員協議会において、本件免責条項と同様の規定である同市水道事業給水条例18条3項を根拠として「今回の断水に対する補償というのはまずはできない」などと答弁しています(なお、同市はその後、水道料金の減免措置及び機器補償等のほか、事業者の売上減少や廃棄食材仕入原価分の損害を填補する趣旨の助成金制度を設けて損害の填補を試みています。)。
なお、本件断水発生後に開催された宮古島市議会平成30年6月定例会において、同市の担当者は、本件免責条項を根拠として本件断水の被害者への賠償を行わない旨繰り返し答弁をしています。
(3) 水道施設の維持、管理の中身が問われること
このように従前自治体ごとに様々な対応が見られるところでしたが、本件判決は、水道事業者が水道施設の維持、管理を怠ったために生じた断水について、水道事業者が水道利用者に対して損害賠償義務を負うことを明らかにしました。
これは、過去発生した断水及び今後発生する断水の全件について、水道事業者の賠償義務の存否が問題となり得るということを意味します。
加えて、本件判決では原告らが営んでいたホテルやホテルに隣接するカフェ、レストランの営業損害の賠償も認められていますから、水道事業者は断水によって水道利用者たる事業者に生じた営業損害の賠償責任を追及される可能性もあるということを意味します。
断水の規模や場所によっては、被害事業者数が多数に上り営業損害額が多額に上る可能性もあるということになります。
損害賠償義務成立の要件を具体的に述べると、①断水が水道法15条2項ただし書にいう「災害その他正当な理由があってやむを得ない場合」に該当せず、かつ、②民法415条1項ただし書にいう「契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由」が認められないときは、水道事業者は賠償責任を負うこととなります(なお、②について平成29年法律第44号による改正前のケースでは、当該改正前の民法415条1項後段の適否が問題となりますが、当該改正後の同項ただし書と同様、債務者の帰責事由が認められないときには賠償責任が生じると考えられます。)。
水道事業者にとっては、水道施設の維持、管理の「中身」が今後ますます問われることになります。
水道利用者が原告となり、水道事業者を被告として、給水契約上の給水義務の不履行に基づく損害賠償を請求する訴訟を提起した場合、上記②の帰責事由が無いことの主張立証責任を負うのは水道事業者となります。
また、この点は本件判決でも明らかになってはいませんが、上記①水道法15条2項ただし書の「災害その他正当な理由があってやむを得ない場合」の該当性についても、水道事業者が主張立証責任を負うものと考えられます。
他方、訴訟に発展しないケースにおいても、水道事業者たる地方公共団体は、住民、議員等のステークホルダーに対し、断水の原因はもちろんのこと断水による賠償義務の存否についての説明をも十分に行う必要があります。
そのため、水道事業者は、水道施設の図面や設備等の台帳類、これまでの水道施設の維持、管理等の記録類を安易に破棄すべきではありません。関連文書の保存年限が短期間になっている場合は、保存年限の長期化、永年化を検討すべきでしょう。
また、いわゆる「平成の大合併」による市町村の合併や文書保存年限の経過等の理由により、水道施設の図面類や維持、管理等の記録が既に散逸しているケース、水道事業者自身が水道施設の構造や水道施設を構成する各種設備、部品等の状況を的確に把握していないケース等も想定されます。
もしそのような場合は、必要な調査を行うなどして図面や台帳類といった水道施設の維持、管理の前提となる資料を作成、収集すべきでしょう。
(4) 「いかなる場合にも賠償義務の免責は認められない」というわけではないこと
水道事業者は、断水等の事業遂行上の事故による賠償リスクを負いつつ、財源確保という難題を抱えながら水道施設の維持、管理を的確に行い常時給水義務を果たすという、大変困難かつ高度な責務を負っているということができます。
ただし、本件最高裁判決はあくまで昭和33年の厚生省水道課長通知に添付された標準給水条例を引き写した条例の解釈を行ったものに過ぎず、「水道事業者は、給水規程において、自らに生じた損害賠償義務を免除する旨定めることは一切できない」などという一般的・普遍的な判断はしていない点には留意が必要です。
本件の第一審である那覇地裁令和2年8月7日判決は次のとおり判示していますが、この論旨は一般論としては首肯できるところです。
水道事業は、最も重要な社会基盤の一つを担うものとして極めて公共性の高い事業であるところ、これを営む水道事業者にあっては、事業地域に存するあまねく需要者に対して、清浄かつ豊富な水を低廉に供給することが要請されている(水道法1条)。その一方で、水道事業者における人的及び経済的な制約の存在は否定できず、事業地域全体に、地中も含めて張り巡らされている水道施設を完璧に維持・管理することが困難であることは容易に推察することができるのであって、それにもかかわらず、水道施設の損傷による給水義務の不履行について、水道事業者に過失がある場合に、需要者に対する損害賠償が認められるとすれば、一たび断水となれば極めて多数の者に損害が生じ得る水道事業の性質に照らし、断水により被告が負担するべき賠償額が極めて多額となる可能性があり、その結果、需要者に対する水道料金の値上げを余儀なくされ、清浄かつ豊富な水を低廉な価格によりあまねく需要者に供給するという水道法の要請に反する事態を招来するおそれがあるものと認められる。
ここに判示された点などを踏まえれば、水道事業者が消費者契約法8条(事業者の損害賠償の責任を免除する条項等の無効)、民法90条(公序良俗)その他の強行規定に反しない限度で、給水規程において自らに生じた損害賠償義務を軽減する規定を置くことは、不可能ではないと考えます。
この点については紙幅の都合上これ以上詳しく触れることはできませんが、今後は損害賠償義務の軽減について精緻な議論と具体的な検討が早急になされるべきだと考えます。
・おわりに
本件判決は、本件最高裁判決とともに、断水事案における水道事業者の賠償義務の存否を検討する上で大いに参考になるものです。
本記事ではごく簡潔に本件判決の概要と考え得る影響等について触れました。参考にしていただければ幸いです。
本件判決及び本件最高裁判決を獲得した尾畠弘典弁護士は、断水被害に関する相談を全国各地より受け付けています。①水道利用者(個人・事業者を問いません)、②水道事業者いずれからのご相談も受け付けております。
お困りの方はぜひご相談ください。
以上
当法律事務所は、相談しやすい・親しみやすい法律事務所を目指しています。そのため、電話やZoomによる遠隔地相談にも対応しています。また、遠方にお住まいの方からのご依頼も多数お受けしております。
特に宿泊業や製造業等の事業者は、断水により莫大な損害を被る可能性があります。断水による賠償を拒絶されたとしても、諦める前に当事務所へご相談ください。
担当弁護士:尾畠弘典
弁護士資格取得後、自治体職員として法務部に相当する部署で4年余り勤務した経験があります。そのため、自治体などの行政機関よりご相談・ご依頼を受ける一方、行政経験を活かして行政処分に対する不服申立てや取消訴訟、行政に対する賠償請求の案件などを積極的に取り扱っています。
特に、①行政職員の懲戒処分及び分限処分に対する審査請求・取消訴訟並びに②行政が設置管理する施設の瑕疵によって生じた損害の賠償請求については、全国各地よりご相談・ご依頼を受けています。
様々な分野に精通した弁護士がご相談を承ります。
問題解決に向け、綿密なコミュケーションを心がけております。
ご相談は無料ですので、まずはお気軽にお問い合わせください。