中小企業の事業承継と相続対策|成功する5つの戦略と具体的手法を解説

この記事でわかること

  • 事業承継と相続が同時に発生する理由と対処法
  • 事業承継税制を活用した税負担軽減策
  • 家族信託・生前贈与・M&Aの効果的な活用方法
  • 専門家と連携した成功事例と実践ポイント

中小企業の経営者として長く成功を収めてきた方は「会社を誰に引き継ぐか」そして「家族の財産をどう分けるか」という、事業承継と相続という二つの大きな課題が同時に降りかかります

この二つの課題は密接に関連しており、適切に対処しなければ、築き上げた事業が破綻し、家族間に深刻な亀裂が生じる恐れがあります。事業用資産と個人資産が混在し、会社の株式が相続財産の大部分を占める中小企業経営者にとって、事業承継と相続は一体的に考えなければならない問題なのです。

中小企業庁の調査によると、2025年までに経営者が70歳を超える中小企業は約245万社に達し、そのうち約半数が後継者未定の状況にあります。一方で、経営者の多くが会社の株式や事業用不動産が個人資産の大部分を占めているため、相続時には多額の相続税が課される可能性があります。

本記事では、事業承継と相続という二つの課題を同時に解決するための戦略と具体的な手法について、専門家の視点から詳しく解説します。家族の絆を保ちながら事業を継続し、次世代に確実に引き継ぐための実践的な知識を身につけましょう。

目次

事業承継と相続が同時に起こる現実

中小企業の経営者は、大企業の経営者とは大きく異なる特殊な状況に置かれています。多くの場合、経営者個人の資産の大部分が会社の株式や事業用不動産で構成されており、個人と法人の境界が曖昧になっているケースが少なくありません。

この状況では、経営者が亡くなった際に相続が発生すると、会社の経営権を巡って相続人間で争いが生じたり、相続税の支払いのために事業用資産を売却せざるを得なくなったりする可能性があります。特に、事業を継がない相続人が会社の株式を相続してしまうと、経営の意思決定に支障をきたすことがあります。

事業用資産と個人資産の混在問題

多くの中小企業では、事業用の土地建物を経営者個人が所有し、会社に賃貸している形態をとっています。また、会社の借入金に対して経営者が個人保証を行っているケースも一般的です。このような状況では、事業承継と個人の相続が複雑に絡み合い、深刻な問題が生じる可能性があります。

問題具体的な影響対策の必要性
事業用不動産の共有後継者が他相続人の同意なしに使用不可
個人保証の引き継ぎ金融機関が融資継続を拒否する可能性
株式の分散経営判断の迅速性が損なわれる

経営者が亡くなった場合、事業用不動産は相続財産として相続人全員の共有財産となります。事業を承継する後継者以外の相続人がこの不動産の持分を相続すると、後継者は他の相続人の同意なしに事業用不動産を自由に使用できなくなる恐れがあります。

さらに、個人保証についても注意が必要です。経営者の死亡により個人保証が解除される場合もありますが、金融機関が後継者に対して保証の引き継ぎを求めることが一般的です。しかし、後継者に十分な資力がない場合、金融機関が融資の継続を拒否する可能性もあります。

相続税負担と事業継続の両立

中小企業の株式は、会社の業績が良好であればあるほど評価額が高くなり、相続税の負担も重くなります。特に、土地や建物などの事業用資産を多く保有している会社の株式は、高額に評価される傾向があります。

相続税の支払い期限は相続開始から10か月以内と定められており、この期間内に納税資金を確保する必要があります。しかし、会社の株式は換金性が低く、相続人が納税資金を確保するために株式を第三者に売却すると、経営権が分散してしまう可能性があります。

このため、事業承継を円滑に進めるためには、相続税の負担を軽減し、かつ事業の継続性を確保するための対策を事前に講じることが不可欠です。

事業承継における相続対策の基本戦略

後継者の選定と育成

事業承継と相続を成功させるためには、まず適切な後継者を選定し、十分な期間をかけて育成することが必要です。後継者の選定には、親族内承継、役員・従業員承継、第三者承継の三つの選択肢があります。

親族内承継は、経営者の子どもや親族が後継者となる最も一般的な形態です。この場合、相続により自然に経営権が移転するため、株式の分散を防ぎやすいという利点があります。しかし、後継者となる子どもに経営能力や意欲があるか、また他の相続人が納得するかという問題があります。

役員・従業員承継は、長年会社に勤務し事業内容を熟知している役員や従業員が後継者となる形態です。この場合、事業の継続性は保たれやすい一方で、株式を買い取るための資金調達や、創業者一族との関係調整が課題となります。

第三者承継(M&A)は、社外の第三者に事業を売却する形態で、近年増加傾向にあります。後継者不在の問題を解決でき、創業者は株式売却により現金を得ることができますが、従業員の処遇や企業文化の継承が課題となることがあります。

株式の集約と経営権の確保

事業承継を円滑に進めるためには、後継者に経営権を集中させることが必要です。中小企業の場合、株式が複数の相続人に分散してしまうと、重要な経営判断において合意形成が困難になり、事業運営に支障をきたす恐れがあります。

株式の集約を図る方法としては、生前贈与による株式の移転があります。経営者が元気なうちに、計画的に後継者に株式を贈与することで、相続時の混乱を避けることができます。ただし、贈与税の負担を考慮し、贈与税の非課税枠や特例制度を活用することが必要です。

また、遺言書の作成により、後継者に株式を集中的に相続させることも有効です。ただし、他の相続人の遺留分を侵害しないよう注意が必要で、遺留分に相当する財産を他の方法で確保しておくことが望ましいです。

相続税負担の軽減策

事業承継における相続税負担を軽減するためには、株式の評価額を下げる対策と、相続税の特例制度を活用する対策があります。

アプローチ具体的手法効果注意点
評価額引下げ会社収益性の調整中程度事業発展への影響
特例制度活用事業承継税制利用大きい要件維持の必要性

株式の評価額を下げる方法としては、会社の収益性を意図的に下げる方法や、評価額の算定方法を有利に変更する方法があります。ただし、これらの方法は事業の健全な発展を阻害する可能性があるため、慎重に検討する必要があります。

より実効性が高いのは、事業承継税制などの特例制度を活用することです。平成30年度税制改正により創設された特例承継計画に基づく事業承継税制では、一定の要件を満たせば相続税や贈与税の納税が猶予され、最終的には免除される可能性があります。

事業承継税制の活用法

特例事業承継税制の概要

特例事業承継税制とは平成30年度税制改正により創設された、中小企業の事業承継を促進するための強力な税制優遇措置です。この制度を活用することで、後継者は会社の株式を取得する際の贈与税や相続税の負担を大幅に軽減できます。

従来の一般事業承継税制と比べて適用要件が大幅に緩和され、対象株式の割合や雇用維持要件などが見直されました。また、複数の後継者への適用も可能となり、より柔軟な事業承継が可能になりました。

この制度の最大の特徴は、一定の要件を満たし続ける限り、相続税や贈与税の納税が猶予され、最終的には免除される可能性があることです。ただし、要件を満たさなくなった場合には、猶予されていた税額を利子税と併せて納付する必要があるため、制度の内容を十分理解した上で活用することが必要です。

適用要件と手続き

特例事業承継税制の適用を受けるためには、複数の要件を満たす必要があります。まず、会社に関する要件として、中小企業であること、上場会社でないこと、風俗営業等を行っていないことなどが定められています。

経営者に関する要件としては、会社の代表権を有していることや、株式の過半数を保有していることなどが求められます。また、後継者についても、会社の代表権を取得することや、株式の過半数を保有することが要件となっています。

手続きとしては、まず都道府県庁に特例承継計画を提出し、認定を受ける必要があります。その後、税務署に贈与税又は相続税の申告書と併せて必要書類を提出し、納税猶予の適用を受けます。納税猶予期間中は、毎年継続届出書を提出し、要件を満たしていることを報告する必要があります。

制度活用時の注意点

特例事業承継税制は非常に有効な制度ですが、活用にあたってはいくつかの注意点があります。最も重要なのは、雇用維持要件です。制度適用後5年間は、従業員数を一定水準以上維持する必要があり、この要件を満たさない場合には猶予された税額を納付する必要があります。

制約事項内容対応策
雇用維持要件5年間従業員数維持正当事由の活用
株式処分制限第三者譲渡時課税M&A特例の検討
継続手続き毎年届出必要専門家との契約

ただし、平成30年度の制度改正により、雇用維持要件を満たさない場合でも、その理由が正当なものであれば要件を満たしたものとみなされるようになりました。経営環境の悪化や後継者の経営方針の変更なども正当な理由として認められる場合があります。

また、株式の処分についても制約があります。猶予対象株式を第三者に譲渡した場合や、会社が解散した場合には、猶予されていた税額を納付する必要があります。ただし、M&Aによる事業の継続など、一定の場合には特例措置が設けられています。

家族信託を活用した事業承継と相続対策

家族信託の基本的仕組み

家族信託は、近年注目を集めている財産管理・承継の手法で、事業承継と相続対策の両方に活用できます。家族信託では、財産を信託する委託者、財産を管理する受託者、信託の利益を受ける受益者という三者の関係で信託契約が成り立ちます。

事業承継の場面では、経営者が委託者となり、後継者を受託者として会社の株式を信託できます。この場合、株式の議決権は受託者である後継者が行使し、配当などの経済的利益は受益者が受け取ることになります。経営者の生存中は経営者自身が受益者となり、死亡後は配偶者や子どもが受益者となるよう設計することが可能です。

この仕組みを活用することで、経営者の認知症などにより判断能力が低下した場合でも、受託者である後継者が株式の議決権を行使して会社経営を継続できます。また、相続発生時には、信託契約の定めに従って自動的に受益権が移転するため、遺産分割協議を経ることなく円滑な事業承継が可能になります。

事業承継における家族信託のメリット

家族信託を活用した事業承継には、従来の方法にはない多くのメリットがあります。最大のメリットは、経営権と経済的利益を分離できることです。議決権は後継者に集中させながら、配当等の経済的利益は複数の相続人に分配することができるため、事業承継と相続人間の公平性を両立させることができます。

また、家族信託では信託契約により柔軟な設計が可能です。例えば、後継者が経営者として不適格と判明した場合に備えて、信託の受託者を変更する条項を設けることができます。さらに、後継者の次の世代への承継についても、あらかじめ信託契約で定めておくことができます。

相続税の観点からも、家族信託にはメリットがあります。信託設定時に贈与税が課税される場合がありますが、受益権の価値は株式の評価額より低くなることが多く、相続税の負担軽減効果が期待できます。また、信託を活用することで、相続時の財産の分散を防ぎ、事業承継税制の適用要件を満たしやすくなる場合もあります。

家族信託設定時の注意点

家族信託を事業承継に活用する場合には、いくつかの注意点があります。まず、信託契約の設計が複雑になるため、信託に精通した専門家のサポートが不可欠です。また、金融機関によっては信託口座の開設に対応していない場合があるため、事前に確認が必要です。

税務面では、信託設定時の贈与税の取り扱いや、信託期間中の所得税の課税関係について十分な検討が必要です。特に、事業承継税制との併用については、制度の適用要件や手続きが複雑になる可能性があるため、税理士等の専門家に相談することが必要です。

また、家族信託は比較的新しい制度であるため、将来的に税務上の取り扱いが変更される可能性があります。長期にわたる信託契約を締結する場合には、このようなリスクも考慮に入れておく必要があります。

生前贈与を活用した事業承継戦略

段階的な株式移転

事業承継における生前贈与は、相続時の税負担を軽減し、円滑な経営権移転を実現するための手法です。経営者が元気なうちに計画的に株式を後継者に贈与することで、相続時の混乱を避けることができます。

生前贈与を行う際には、贈与税の負担を考慮する必要があります。年間110万円の基礎控除額を活用し、長期間にわたって少しずつ株式を移転する方法が一般的です。ただし、株式の評価額が高い場合には、基礎控除額だけでは十分な効果を得られない可能性があります。

手法年間限度額期間適用ケース
暦年贈与110万円長期間株式評価額が低い場合
相続時精算課税2,500万円一括将来値上がり見込み

このような場合には、相続時精算課税制度の活用を検討できます。この制度を利用すれば、2,500万円までの贈与について贈与税を課税せず、相続時に相続財産に加算して相続税を計算できます。株式の将来的な値上がりが見込まれる場合には、早期に贈与することで相続税の負担を軽減できる可能性があります。

事業承継税制との組み合わせ

生前贈与と事業承継税制を組み合わせることで、より効果的な事業承継が可能になります。特例事業承継税制では、贈与税の納税猶予制度も設けられており、後継者は株式を贈与により取得する際の贈与税負担を軽減できます。

この制度を活用する場合、まず特例承継計画を策定し、都道府県知事の確認を受ける必要があります。その後、実際に贈与を行い、贈与税の申告と併せて納税猶予の適用を申請します。要件を満たし続ける限り、贈与税の納税が猶予され、最終的には免除される可能性があります。

ただし、贈与税の納税猶予を受けるためには、経営者が贈与後も一定期間代表権を保持することや、後継者が会社の代表権を取得することなどの要件があります。また、雇用維持要件なども課されるため、制度の内容を十分理解した上で活用することが必要です。

種類株式を活用した贈与戦略

種類株式を活用することで、より柔軟で効果的な生前贈与が可能になります。種類株式とは、議決権や配当の内容などについて異なる権利を持つ株式のことで、普通株式とは異なる特殊な権利が付与されています。

事業承継の場面では、議決権制限株式や配当優先株式などが活用されることが多いです。議決権制限株式は議決権がない又は制限されている株式で、経営に参加しない相続人に贈与することで、経営権の分散を防ぐことができます。一方、配当優先株式は配当を優先的に受け取ることができる株式で、経営者の老後の生活資金確保などに活用できます。

種類株式を活用する場合の税務上のメリットとしては、議決権制限株式は普通株式よりも低く評価されるため、贈与税の負担を軽減できることが挙げられます。ただし、種類株式の発行には定款変更などの手続きが必要で、また税務上の取り扱いも複雑になるため、専門家のアドバイスを受けることが必要です。

遺言書と事業承継の関係

事業承継を意識した遺言書作成

事業承継を円滑に進めるためには、適切な遺言書の作成が不可欠です。遺言書がない場合、相続人全員による遺産分割協議が必要となり、会社の株式が複数の相続人に分散してしまう可能性があります。経営権の分散は経営の意思決定に重大な支障をきたすため、事業の継続に深刻な影響を与えます。

事業承継を意識した遺言書では、後継者に会社の株式を集中的に相続させることが必要です。ただし、他の相続人の遺留分を侵害しないよう注意が必要で、遺留分に相当する財産を他の資産で確保しておくことが望ましいです。

遺言書の作成にあたっては、公正証書遺言とすることを強く推奨します。自筆証書遺言の場合、形式不備により無効となるリスクがあり、また相続発生時に家庭裁判所での検認手続きが必要となるため、事業承継に支障をきたす可能性があります。

遺留分対策の必要性

遺言により後継者に株式を集中的に相続させる場合、他の相続人の遺留分を侵害する可能性があります。遺留分とは、一定の相続人に法律上保障された最低限の相続分のことで、遺言によってもこれを奪うことはできません。

リスク影響対策
遺留分侵害額請求金銭支払義務代償資金確保
株式売却の必要性経営権分散生命保険活用
家族関係悪化事業継続困難事前合意形成

遺留分を侵害された相続人は、遺留分侵害額請求権を行使できます。この請求を受けた場合、後継者は遺留分に相当する金銭を支払う必要があり、その資金調達のために株式を売却せざるを得なくなる恐れがあります。

このため、事業承継では遺留分対策が必要になります。具体的な対策としては、生命保険の活用による代償資金の確保、生前贈与による財産の事前移転、遺留分放棄の活用などがあります。ただし、遺留分放棄には家庭裁判所の許可が必要で、放棄する相続人に不利益が生じないことが条件となります。

付言事項の活用

遺言書には、法的効力はないものの、相続人に対するメッセージを記載できる付言事項という制度があります。事業承継においては、この付言事項を活用することで、後継者の選定理由や事業に対する思いを相続人に伝えることができます。

付言事項では、なぜその後継者を選んだのか、他の相続人に対してどのような配慮をしたのか、会社の将来についてどのような期待を持っているのかなどを記載します。これにより、相続人の理解を得やすくなり、遺留分侵害額請求などのトラブルを防ぐ効果が期待できます。

また、付言事項には、事業承継後の経営方針や企業理念についても記載できます。これは後継者に対する経営指針となるだけでなく、従業員や取引先に対するメッセージとしても機能します。

M&Aを活用した事業承継と相続対策

M&Aによる事業承継のメリット

後継者不在の問題を抱える中小企業にとって、M&A(合併・買収)は有効な事業承継の手段となります。M&Aにより事業を第三者に譲渡することで、従業員の雇用を維持し、技術やノウハウを後世に残すことができます。

M&Aの最大のメリットは、創業者が株式売却により現金を得ることができることです。この現金により相続時の納税資金の確保や、他の相続人への財産分配が容易になります。また、売却代金を適切に運用することで、相続税の負担を軽減することも可能です。

買い手企業にとっても、M&Aは新規事業への参入や事業規模の拡大を図る有効な手段となります。特に、優れた技術やノウハウを持つ中小企業は、大企業にとって魅力的な買収対象となることが多いです。

M&A実行時の税務上の配慮

M&Aを実行する際には、税務上の取り扱いについて十分な検討が必要です。株式譲渡により得た利益は、原則として譲渡所得として所得税の課税対象となります。ただし、一定の要件を満たす場合には、特例措置により税負担を軽減できます。

手法課税対象税率特例措置
株式譲渡譲渡所得約20%経営者保証整理時の優遇
事業譲渡法人税等約30%特定事業譲渡の優遇

例えば、経営者保証に関するガイドラインに基づく保証債務の整理を行う場合や、事業承継・引継ぎ支援センターを通じてM&Aを実行する場合には、特別な優遇措置が設けられていることがあります。

また、M&Aの手法によっても税務上の取り扱いが異なります。株式譲渡による場合と事業譲渡による場合では、課税される税目や税率が異なるため、税務上有利な手法を選択することが必要です。

従業員や取引先への配慮

M&Aを成功させるためには、従業員や取引先への十分な配慮が必要です。特に、従業員にとっては雇用の安定が最大の関心事であるため、買い手企業との交渉において雇用維持を条件とすることが大切です。

また、取引先との関係についても注意が必要です。M&A後に取引条件が大幅に変更されたり、取引が停止されたりすると、買い手企業の事業計画に支障をきたす可能性があります。このため、M&A実行前に主要な取引先との関係を整理し、M&A後の取引継続について合意を得ておくことが必要です。

従業員や取引先に対する説明のタイミングも大切で、あまり早い段階で公表すると混乱を招く可能性がある一方、直前になって公表すると信頼関係を損なう恐れがあります。適切なタイミングで、十分な説明を行うことが成功の鍵となります。

専門家の活用と連携体制

事業承継に関わる専門家の役割

事業承継と相続対策は非常に複雑な分野であり、複数の専門家の協力が不可欠です。それぞれの専門家が持つ知識と経験を活用し、最適な解決策を見つけることが成功の鍵となります。

専門家主な担当分野具体的業務
税理士税務全般相続税計算、事業承継税制、株式評価
弁護士法務全般遺言書作成、株主間契約、M&A手続
司法書士登記手続会社登記、不動産登記、家族信託設定
公認会計士財務分析企業価値評価、デューデリジェンス

税理士は、相続税や贈与税の計算、事業承継税制の適用、株式評価などの税務面でのアドバイスを提供します。特に、事業承継税制の適用要件や手続きは複雑であるため、この分野に精通した税理士の協力が必要です。また、M&Aの際の税務アドバイスや、相続対策としての生前贈与の設計なども税理士の役割です。

弁護士は、遺言書の作成、株主間契約の締結、M&Aの法的手続きなどの法務面でのサポートを行います。特に、遺留分対策や家族間の合意形成においては、弁護士の専門知識が欠かせません。また、労働法的な観点から従業員の処遇についてアドバイスを提供することもあります。

ワンストップサービスの活用

事業承継と相続対策を成功させるためには、各専門家が個別に対応するのではなく、連携してワンストップサービスを提供することが必要です。事業承継の課題は複数の分野にまたがるため、専門家間の情報共有と連携が不可欠だからです。

理想的な体制としては、プロジェクトマネージャー的な役割を果たす専門家(多くの場合は税理士や弁護士)を中心として、他の専門家がチームを組んで対応することです。この場合、クライアントは窓口を一本化できるため、手続きの煩雑さを軽減できます。

また、専門家間で情報を共有することで、より効果的な対策を講じることができます。例えば、税理士が提案した相続対策について弁護士が法的リスクを検証し、司法書士が実務上の課題を指摘するといった連携が可能になります。

セカンドオピニオンの活用

事業承継や相続対策では、一度決定した方針を変更することが困難な場合があります。特に、事業承継税制の適用や家族信託の設定などは、一度実行すると取り消しが困難であるため、事前に十分な検討が必要です。

このため、決定を行う前にセカンドオピニオンを求めることを強く推奨します。別の専門家の意見を聞くことで、当初の計画では見落としていたリスクや、より良い代替案を発見できる可能性があります。

セカンドオピニオンを求める際には、当初の専門家とは異なる事務所や法人に所属する専門家を選ぶことが必要です。同じ系列の専門家では、同様の発想に基づく意見しか得られない可能性があるためです。

事業承継と相続対策の今後

制度改正の動向

事業承継と相続に関する制度は、社会情勢の変化に応じて継続的に見直されています。特に、中小企業の事業承継を促進するため、事業承継税制については数年ごとに大きな改正が行われています。

最近の動向としては、事業承継税制の適用要件の緩和や、M&Aに関する税制優遇措置の拡充などが挙げられます。また、デジタル化の進展に伴い、オンラインでの手続きが可能な範囲も拡大されています。

今後も、高齢化社会の進展や経済環境の変化に応じて、制度改正が継続的に行われることが予想されます。事業承継を検討している経営者は、最新の制度動向を常に把握し、制度改正のタイミングを活用することが必要です。

デジタル化の影響

近年、事業承継の分野でもデジタル化が進展しています。M&Aマッチングプラットフォームの普及により、買い手企業と売り手企業の出会いの機会が増加しています。また、株式評価システムやシミュレーションソフトの発達により、より精緻な事業承継計画の策定が可能になっています。

一方で、デジタル資産の承継という新たな課題も生じています。仮想通貨やデジタルコンテンツ、オンラインアカウントなどのデジタル資産は、従来の相続制度では想定されていない特殊な性質を持っているため、新たな対応が必要となっています。

社会情勢の変化への対応

コロナ禍を契機として、事業環境は大きく変化しています。リモートワークの普及や事業のデジタル化、サプライチェーンの見直しなど、従来のビジネスモデルの変革が求められています。

これらの変化は事業承継にも大きな影響を与えています。従来の対面型ビジネスから脱却できない企業は買い手が見つからない一方で、デジタル化に成功した企業は高い評価を受ける傾向があります。

事業承継を成功させるためには、社会情勢の変化を踏まえた事業の変革と、それに応じた承継戦略の見直しが必要です。単に現状の事業を引き継ぐのではなく、将来の成長可能性を考慮した承継計画を策定することが必要です。

まとめ:成功する事業承継と相続対策

事業承継と相続対策の成功には、5年から10年の早期準備が不可欠です。時間的余裕があることで選択肢が広がり、後継者の育成、関係者との合意形成、最適な手法の選択が可能になります。準備が遅れると限られた選択肢から妥協的な解決策を選ばざるを得なくなります。

成功のためには、事業承継税制、家族信託、生前贈与などの手法を組み合わせた総合的な戦略が必要です。また、税理士、弁護士、司法書士などの専門家チームを構築し、ワンストップサービスを活用することで、複雑な手続きを効率的に進めることができます。

事業承継と相続は経営者個人の問題を超え、従業員、取引先、地域経済に影響する決定です。短期的な税負担軽減だけでなく、長期的な企業価値向上と持続的発展を考慮し、次世代により良い形で事業を引き継ぐことが現在の経営者の責任です。

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この記事を書いた人

山室 拓也のアバター 山室 拓也 弁護士

日々ご相談を頂く中で法律問題ではない相談に直面することもございます。司法書士、社労士、税理士、弁理士といった士業と連携するにとどまらず、探偵業、不動産業、製造業等を営む方とのネットワークを有することで、法律問題に限らず法律以外の解決策を提示させていただくなど、相談者様に寄り添った解決策を導き出します。

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