海外資産相続の落とし穴と対策 – 二重課税から身を守る専門家の秘訣

グローバル化に伴い、海外に資産を持つ日本人や、海外に住む家族がいる方が増えています。海外就労や海外移住、国際結婚など、様々な理由で国境を越えた生活を送る日本人が増加している現代において、「遺産相続」は従来以上に複雑な問題となっています。

例えば、次のようなケースを想像してみてください:

  • 日本で働いていた父親が退職後にマレーシアに移住し、現地で不動産を購入したケース
  • 日本国内に住む親が海外の金融機関に預金口座を持っているケース
  • 子どもが国際結婚をして海外に居住し、日本に住む親の遺産を相続するケース

これらのケースでは、単に日本国内の財産だけを考慮した相続対策では不十分であり、国際的な視点からの検討が必要になります。

この記事では、海外資産の相続に関する基本知識から実務上の注意点まで、最新の法令(令和6年度税制改正を含む)に基づいて詳細に解説します。これから海外に資産を持つことを検討している方、既に海外資産をお持ちの方、海外在住の家族がいる方などは是非参考にしてみてください。

目次

1. 海外資産の相続における基本的な考え方

1.1 国際相続とは

国際相続とは、相続に関わる人や財産が国境をまたぐ相続を指します。具体的には以下のようなケースが該当します。

  • 海外に住んでいる被相続人(亡くなった方)の財産を相続する場合
  • 海外に住んでいる相続人が日本国内の財産を相続する場合
  • 被相続人や相続人の国籍が日本以外の場合
  • 相続財産の一部または全部が海外にある場合

例えば、日本国内に住んでいる子どもが、アメリカに移住した親の遺産(アメリカの不動産や現地銀行の預金など)を相続する場合や、逆に海外に住む子どもが日本国内に住む親の遺産を相続する場合も国際相続に該当します。

1.2 準拠法の決定

国際相続では、まず「どの国の法律に基づいて相続手続きを行うか」を決める必要があります。これを「準拠法の決定」と言います。

日本では国際相続における準拠法は「法の適用に関する通則法」第36条により次のように定められています。

相続は、被相続人の本国法による。

つまり、基本的に遺産相続は「被相続人」の国籍国の法律が適用されます。例えば、日本国籍を有する被相続人が亡くなった場合、その人がどこの国に住んでいたとしても、基本的には日本の民法に則って相続がおこなわれることになります。

一方、被相続人が外国籍である場合は、その国の相続法が適用されることになります。例えば、アメリカ国籍の方が亡くなった場合、基本的にはアメリカの相続法が適用されます。ただし、不動産については所在地国の法律が適用される国も多く、この点については後述します。

1.3 日本と諸外国の相続制度の違い

相続制度は国によって大きく異なります。主な違いとして以下のような点があります:

  • 法定相続分の違い:日本では配偶者1/2、子1/2という法定相続分がありますが、国によっては配偶者の取り分が多い国や少ない国があります。
  • 遺留分制度の有無:日本には遺留分制度がありますが、英米法系の国(アメリカ、イギリス、オーストラリアなど)では基本的に遺留分制度がなく、遺言の自由度が高いのが特徴です。
  • 相続手続きの違い:日本では相続人間の遺産分割協議で決定できますが、英米法系の国ではエグゼキュター(遺言執行者)やアドミニストレーター(遺産管理人)が裁判所の監督下で相続手続きを進める制度があります。

これらの違いを理解せずに相続手続きを進めると、後々トラブルの原因になりかねません。特に複数の国にまたがる財産がある場合は要注意です。

2. 日本の相続税が適用される海外資産の範囲

2.1 課税対象となる基本的な条件

海外資産に日本の相続税が課税されるかどうかは、主に以下の要素によって決まります。

  • 被相続人の居住地・国籍・居住期間
  • 相続人の居住地・国籍・居住期間
  • 相続財産の所在地

日本の相続税法では、これらの要素に基づいて「無制限納税義務者」と「有限納税義務者」という区分があります。無制限納税義務者は全世界の財産に対して日本の相続税が課税され、有限納税義務者は日本国内の財産のみに課税されます。

無制限納税義務者となるケース:

  • 相続時に日本に住所がある人(一時的な短期滞在外国人を除く)
  • 日本国籍を持ち、相続前10年以内に日本に住所があった人(一部例外あり)

2.2 具体的な課税パターン

2.2.1 相続人が日本居住の場合

日本在住の子が、海外在住の親の遺産を相続する場合、子どもは「居住無制限納税義務者」となります。資産の所在国がどこであっても相続する財産には日本の相続税が課税されます。

【具体例】 東京に住む太郎さんの父親は20年前にシンガポールに移住し、現地で不動産投資をしていました。父親が亡くなり、シンガポールの不動産と現地銀行の預金を相続することになった場合、太郎さんは日本に住んでいるため、これらのシンガポールにある財産に対しても日本の相続税が課税されます。

2.2.2 被相続人が日本居住の場合

被相続人が日本に住んでいた場合、相続人の居住地にかかわらず、原則として全世界の財産が課税対象となります。

【具体例】 日本に住む母親が亡くなり、アメリカに10年以上住んでいる娘が相続人となる場合。母親が日本国内の不動産・預金に加え、アメリカの銀行口座も持っていた場合、これらすべての財産に日本の相続税が課税されます。

2.2.3 被相続人・相続人ともに海外居住の場合

被相続人と相続人の両方が海外に住んでいる場合は、以下の条件によって課税範囲が決まります:

  • 国籍の要素:日本国籍を持つか否か
  • 10年ルール:過去10年以内に日本に住所があったか否か

【具体例1:非課税となるケース】 日本人の父親が15年前に家族全員でニュージーランドに移住し、現地で資産形成をしました。父親が亡くなり、同じくニュージーランドに住む子どもが財産を相続する場合、以下の条件を満たせば、海外財産には日本の相続税は課税されません:

  • 被相続人(父親)が死亡時に日本に住所がなく、死亡前10年以内に日本に住所がなかった
  • 相続人(子ども)も相続時に日本に住所がなく、相続前10年以内に日本に住所がなかった

【具体例2:課税されるケース】 日本人の父親が8年前にシンガポールに移住し、現地で事業を興して資産を形成しました。父親が亡くなり、同じくシンガポールに住む子どもが財産を相続する場合、以下の理由から海外財産にも日本の相続税が課税されます:

  • 被相続人(父親)が死亡前10年以内に日本に住所があった

2.3 平成29年度税制改正による変更点

日本の相続税の課税範囲に関する重要な改正が平成29年度にありました:

  • 10年ルールの導入:以前は海外移住から5年経過すれば海外資産に日本の相続税がかからなくなりましたが、改正により10年に延長されました。
  • 一時滞在外国人に対する緩和措置:在留資格を持ち日本に住む外国人(一時滞在者)が亡くなった場合、日本国外の財産には相続税が課税されないという特例が設けられました。

これらの改正は、富裕層の租税回避防止と、外国人材の受け入れ促進という2つの側面を持っています。

3. 国際相続の実務と手続き

3.1 相続手続きの国による違い

相続手続きは国によって大きく異なります。これらの違いを理解せずに進めると、思わぬトラブルや時間的・金銭的損失につながる可能性があります。

3.1.1 日本の相続手続き

日本では基本的に以下のプロセスで相続が進みます:

  1. 相続人の確定:戸籍謄本等で法定相続人を確定
  2. 相続財産の調査:不動産登記簿、預金通帳、証券口座などで財産を把握
  3. 遺産分割協議:相続人全員で話し合い、遺産の分配方法を決定
  4. 遺産分割協議書の作成:合意内容を書面化し、相続人全員が実印を押印
  5. 名義変更手続き:各種財産の名義を変更(不動産登記、預金口座など)
  6. 相続税の申告・納付:相続開始から10ヶ月以内に申告・納付

この方式の特徴は、相続人同士の協議で進められること、裁判所の関与が基本的に不要なことです。

3.1.2 英米法系諸国の相続手続き(プロベート)

アメリカ、イギリス、オーストラリア、カナダなどの英米法系の国では、「プロベート(検認裁判)」と呼ばれる制度があります。

プロベートの基本的な流れ:

  1. 人格代表者(Personal Representative)の選任:遺言で指名されたエグゼキュター(遺言執行者)か、裁判所が選任するアドミニストレーター(遺産管理人)が選任される
  2. プロベートの申請:裁判所に遺言の有効性確認を申請
  3. 債権者への通知と債務の支払い
  4. 税金の申告と納付
  5. 残余財産の分配:遺言または法定相続に基づく分配

【具体例】 ニューヨーク州に不動産を所有していた日本人が亡くなった場合、その不動産の相続には通常ニューヨーク州でのプロベート手続きが必要となります。日本の遺産分割協議書だけでは、現地の不動産登記所が名義変更に応じない可能性が高いのです。

3.1.3 その他の国々の特徴的な相続制度

  • イスラム圏の国々:イスラム法(シャリーア)に基づく相続制度があり、男性と女性で相続分が異なるなどの特徴があります。
  • 中国:中国の相続法では、第一順位の相続人として配偶者・子・親が同順位で相続権を持ちます(日本とは異なり親も第一順位)。

3.2 相続統一主義と相続分割主義

国際相続で重要なのが「相続統一主義」と「相続分割主義」の違いです。

3.2.1 相続統一主義(日本など)

日本は「相続統一主義」を採用しており、以下の特徴があります:

  • 動産も不動産も区別せず、被相続人の本国法(国籍国の法律)に基づいて相続が処理される
  • 財産がどこの国にあるかに関わらず、同一の法律が適用される
  • 日本国籍の被相続人の場合、世界中のすべての財産が日本民法に基づいて相続される

3.2.2 相続分割主義(米国・英国・中国など)

アメリカ、イギリス、中国などの多くの国は「相続分割主義」を採用しています:

  • 不動産については所在地法(不動産がある国の法律)が適用される
  • 動産については被相続人の住所地法または本国法が適用される
  • 同じ被相続人の財産でも、所在地によって適用される法律が異なる

【具体例】 日本国籍の人がニューヨークに不動産を所有している場合:

  • 日本の相続統一主義では、その不動産も含めてすべての財産を日本法で相続
  • しかし、アメリカの相続分割主義では、その不動産についてはニューヨーク州法が適用される

このような場合、実務上は所在地国の手続きに従わざるを得ないことが多く、両国の法律を考慮した相続計画が必要になります。

3.3 海外在住者の相続手続きに必要な書類

海外在住の相続人が日本の相続手続きを行う際には、日本の印鑑証明書や住民票の代わりとなる書類が必要です。

3.3.1 サイン証明(署名証明)

日本では契約時に印鑑が必要ですが、海外ではサイン(署名)が一般的です。海外在住の相続人は以下の手順でサイン証明を取得します:

  1. 在外公館(大使館・領事館)に必要書類と遺産分割協議書原本を持参
  2. 係官の前で遺産分割協議書にサインする
  3. 在外公館が証明書を発行(サインが本人のものであることを証明)

必要書類:

  • パスポートなどの身分証明書
  • 申請書
  • 手数料(国や公館により異なる)

3.3.2 在留証明

住民票の代わりとなる「在留証明」も在外公館で取得できます:

  1. 在外公館に必要書類を持参
  2. 現地に居住していることの証明書を発行してもらう

必要書類:

  • パスポートなどの身分証明書
  • 現地の滞在許可証や在留カード
  • 現地住所を証明する書類(公共料金の請求書など)
  • 申請書
  • 手数料

3.3.3 その他必要となる可能性のある書類

  • アポスティーユ(公文書認証):国際的に公文書の真正性を証明する制度
  • 宣誓供述書(アフィダビット):特定の事実を宣誓する文書
  • 翻訳証明書:公的文書の翻訳の正確性を証明する文書

3.4 国際相続の実務上の流れ

国際相続の実務は複雑ですが、一般的な流れは以下のようになります:

  1. 相続人・準拠法の確定:誰が相続人か、どの国の法律が適用されるかを確定
  2. 相続財産の調査:国内外の財産を包括的に調査
  3. 各国の相続手続き実施:該当国ごとに必要な相続手続きを行う
  4. 納税手続き:日本および該当国での相続税申告・納付

国によって相続手続きや必要書類が大きく異なるため、国際相続の経験がある専門家のサポートを受けることが重要です。

4. 相続税の二重課税問題と対策

4.1 二重課税の可能性と問題点

国際相続では、同一の財産に対して複数の国から課税される「二重課税」が発生するリスクがあります。

4.1.1 二重課税が発生するケース

日本の相続税が海外資産にかかる場合、その資産所在地の国でも相続税(または遺産税)が課税される可能性があります。二重課税が発生する主なケースとしては以下が挙げられます。

  • 居住地課税と所在地課税の重複:日本のように居住地主義(相続人が居住する国で課税)を採用する国と、資産所在地主義(資産が所在する国で課税)を採用する国の間で課税が重複する場合
  • 国籍主義と所在地主義の重複:アメリカのように国籍に基づく課税制度(アメリカ市民は世界中の財産に課税)を持つ国と、日本のような居住地主義の国の間で課税が重複する場合

【具体例】 日本在住の相続人がアメリカの不動産を相続する場合

  • 日本では全世界の財産に相続税が課税される(居住地主義)
  • アメリカでも不動産に対して連邦遺産税や州の相続税が課税される可能性がある(所在地主義)

4.1.2 国による相続税制度の違い

相続税の仕組みは国によって大きく異なります。

  • 相続税がある国:日本、韓国、フランス、ドイツ、イギリス、アメリカなど
  • 相続税がない国:シンガポール、マレーシア、香港、ニュージーランド、オーストラリア、カナダ、中国、インドなど

また、相続税がある国でも課税方式が異なります。

  • 遺産課税方式(アメリカ、イギリスなど):被相続人の遺産総額に課税
  • 遺産取得課税方式(日本、ドイツなど):各相続人が取得した財産に対して課税

これらの違いにより、同じ相続財産であっても国によって課税額や課税タイミングが異なる場合があります。

4.2 外国税額控除制度の活用

4.2.1 外国税額控除とは

二重課税を回避するための制度として、日本では「外国税額控除」があります。これは、外国で既に納付した相続税を日本の相続税額から控除する制度です。

外国税額控除の控除額は、次の2パターンのうちの少ない方の金額になります。

  1. 外国で納付した相続税額
  2. 日本での相続税額 ×(海外にある相続財産額合計 ÷ 相続人の相続財産額合計)

4.2.2 外国税額控除の申請方法

外国税額控除を受けるための基本的な手続きは以下の通りです。

  1. 外国での相続税納付:まず海外で課税される相続税を納付
  2. 納税証明書の取得:外国の税務当局から納税証明書を取得
  3. 日本での相続税申告:日本の相続税申告時に「外国税額控除に関する明細書」を提出
  4. 控除額の計算:上記の計算式に基づいて控除可能額を算出

外国税額控除を申請する際の注意点

  • 日本の相続税の申告期限(被相続人の死亡を知った日の翌日から10ヶ月以内)までに外国の税金が確定していない場合は、見込み額で申告し、後で修正申告を行うことも可能
  • 外国語の納税証明書には日本語訳を添付する必要がある

4.2.3 外国税額控除の限界と注意点

外国税額控除には以下のような限界や注意点があります。

  • 控除できる税目の制限:日本の相続税に相当する税金のみが対象(固定資産税などは対象外)
  • 控除額の上限:日本の相続税額を超える外国税額は控除できない
  • 申告期限の違い:国によって相続税の申告期限が異なるため、タイミングの調整が必要

4.3 二重課税を避けるための事前対策

二重課税問題に対しては、事前の対策も重要です。

  • 相続税条約の確認:日本と相手国の間に相続税条約があれば、その規定に従って課税国が決定される(ただし、日本が相続税条約を締結している国は限られている)
  • 資産所在地の選択:相続税のない国や税率の低い国に資産を移転することで、相続税負担を軽減できる可能性がある
  • 生前贈与の活用:相続ではなく生前贈与を活用することで、国際的な税負担を軽減できる場合がある
  • 専門家への相談:複数国の税法に精通した税理士や弁護士に相談し、最適な対策を講じる

国際相続の税金対策は複雑であり、各国の税制は頻繁に変更されるため、最新の情報に基づいた専門家のアドバイスを受けることが重要です。

5. 海外資産の相続における注意点と対策

5.1 海外に相続税がない国も多い

相続税制度は国によって大きく異なります。日本では基礎控除額(3,000万円+600万円×法定相続人数)を超える相続財産に対して最高55%の相続税が課税されますが、世界的に見ると相続税がある国よりない国の方が多いのが現状です。

相続税がない主な国々:

  • アジア:シンガポール、香港、マレーシア、タイ、中国、インドなど
  • オセアニア:オーストラリア、ニュージーランドなど
  • 北米:カナダなど
  • ヨーロッパ:スウェーデン、オーストリア、ノルウェー、ポルトガルなど

これらの国に資産を持つことで相続税対策になる可能性がありますが、日本の居住者が相続人となる場合は日本の相続税が課税される点に注意が必要です。

5.2 海外資産の種類と相続上の特徴

5.2.1 海外不動産

海外不動産の相続には以下のような特徴があります。

  • 二重の手続き:日本の相続手続きに加え、所在国での相続手続きも必要
  • 現地法の適用:多くの国では不動産に関して所在地法が適用される
  • 評価方法の違い:国によって不動産の評価方法が異なる(時価、固定資産税評価額相当など)
  • 所有制限:外国人の土地所有を制限する国もある(タイなど)

【具体例】 ハワイに別荘を所有していた日本人が亡くなった場合、日本での遺産分割協議に加えて、ハワイ州でのプロベート手続きが必要になる可能性があります。

5.2.2 海外金融資産

海外の銀行口座や証券口座などの金融資産の相続には以下の特徴があります。

  • 金融機関独自の手続き:国や金融機関によって相続手続きが異なる
  • 必要書類の違い:死亡証明書の翻訳、現地の公証人による証明など追加書類が必要
  • 凍結期間:口座所有者の死亡後、一定期間口座が凍結されるケースがある
  • 税務申告の複雑さ:海外金融資産は把握しづらく、税務申告が複雑になりがち

【具体例】 スイスの銀行口座を持っていた人が亡くなった場合、相続人は日本の戸籍謄本に加え、アポスティーユによる認証や公証人の証明が必要になることがあります。

5.3 海外資産の相続対策

5.3.1 遺言書の作成

国際相続では、特に遺言書の重要性が高まります。

  • 複数国での遺言書作成:各国の法律に合わせた遺言書を作成(ただし内容の矛盾に注意)
  • 国際遺言の活用:「遺言の方式に関する法律の抵触に関する条約」に基づく国際遺言の検討
  • 遺言執行者の指定:国際的な相続手続きに詳しい専門家を遺言執行者に指定

5.3.2 生前対策

生前から以下のような対策を講じることで、国際相続をスムーズに進めることができます。

  • 資産の一元管理:可能な限り資産を一つの国にまとめる
  • 生前贈与の活用:計画的な生前贈与で相続税負担を軽減
  • 信託の活用:信託を利用した資産管理・承継の検討
  • 海外不動産の共同名義化:相続人との共同名義にすることで相続手続きを簡略化
  • 海外資産リストの作成:相続人が把握できるよう海外資産の情報を整理

5.4 専門家への相談の重要性

国際相続は国内相続に比べて遥かに複雑です。以下のような専門家に相談することをお勧めします。

  • 国際相続に強い税理士:複数国の税制に精通した税理士
  • 国際相続専門の弁護士:各国の相続法に詳しい弁護士
  • ファイナンシャルプランナー:国際的な資産管理・相続対策に詳しいFP
  • トラストカンパニー:海外資産の管理・承継をサポートする専門機関
  • 各国の専門家ネットワーク:複数国にまたがる相続では、各国の専門家の連携が重要

早い段階からの相談と計画的な対応が、国際相続におけるトラブル防止と税負担の適正化に繋がります。

5.5 国際相続における最新の動向

5.5.1 情報交換の国際的枠組みの強化

近年、税務情報の国際的な自動交換の枠組み(CRS: Common Reporting Standard)が整備され、海外資産の把握が容易になっています。これにより、海外資産の申告漏れや相続税逃れが難しくなっています。

5.5.2 相続税制の国際的調和への動き

二重課税や相続税回避の問題を解決するため、OECDなどを中心に相続税制の国際的調和への取り組みが進められています。今後、新たな国際ルールや相続税条約の締結が進む可能性があります。

5.5.3 デジタル資産の相続問題

仮想通貨や様々なデジタル資産の普及に伴い、これらの国際的な相続問題も新たな課題となっています。国境を越えたデジタル資産の相続手続きや課税方法についても注目が必要です。

まとめ

国際相続の重要ポイント

グローバル化が進む現代社会において、海外資産の相続は多くの人にとって身近な問題となっています。本記事で解説した重要ポイントを振り返りましょう。

国際相続の基本理解:

  • 相続に関わる人や財産が国境をまたぐ場合に国際相続が発生
  • 日本は「相続統一主義」を採用し、被相続人の本国法を基準
  • 国によって相続制度が大きく異なる(遺留分の有無、法定相続分の違いなど)

日本の相続税の課税範囲:

  • 相続人が日本居住者なら、全世界の財産に課税
  • 海外移住者でも10年ルールにより課税対象となるケースがある
  • 「無制限納税義務者」と「有限納税義務者」の区分が重要

相続手続きの国際的な違い:

  • 日本の協議ベースの相続とは異なる「プロベート」などの制度
  • 相続統一主義と相続分割主義の考え方の違い
  • 不動産は所在地国の法律に従わざるを得ないケースが多い

二重課税問題と対策:

  • 同一財産に複数国から課税されるリスク
  • 外国税額控除制度の活用
  • 事前の計画的な資産配置や相続対策の重要性

実務上の注意点と対策:

  • 海外資産の種類に応じた相続手続きの違い
  • 適切な遺言書の作成や生前対策の重要性
  • 専門家のサポートを受けることの必要性

国際相続における今後の展望

国際的な人口移動の増加や資産のグローバル化に伴い、国際相続の事例は今後ますます増加すると予想されます。また、デジタル資産の普及や税制の国際的調和の動きなど、新たな動向にも注目が必要です。

こうした状況下では、相続問題が発生してからの対応では遅いケースも多く、事前の計画と準備がより一層重要になってきます。特に、以下の点に留意することをお勧めします。

  • 海外資産の正確な把握と情報の整理・共有
  • 複数国の法制度を考慮した相続計画の策定
  • 適切な遺言書の作成と定期的な見直し
  • 生前贈与や信託の活用など計画的な資産承継
  • 国際相続に精通した専門家との早期相談

海外資産の相続は複雑ですが、適切な知識と準備によって、スムーズな資産承継が可能になります。この記事が、皆様の国際相続対策の一助となれば幸いです。

(注:本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別具体的なケースについては専門家への相談をお勧めします。また、法律や税制は改正される可能性がありますので、最新の情報を確認してください。)

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

山室 拓也のアバター 山室 拓也 弁護士

日々ご相談を頂く中で法律問題ではない相談に直面することもございます。司法書士、社労士、税理士、弁理士といった士業と連携するにとどまらず、探偵業、不動産業、製造業等を営む方とのネットワークを有することで、法律問題に限らず法律以外の解決策を提示させていただくなど、相談者様に寄り添った解決策を導き出します。

目次