認知症になる前にやるべき相続準備|家族を守るために今すぐ始める7つの対策

「相続の話なんて、まだ先のこと」「親は元気だから大丈夫」——そう思っているうちに、ある日突然、お父さんやお母さんが認知症と診断される。

そんな場面が、今の日本では決して珍しいことではありません。

厚生労働省の推計によれば、65歳以上の高齢者のうち約1割が認知症を患っており、85歳以上では約4割に上るとされています。長寿社会のなかで、認知症は誰にとっても他人事ではない時代になっています。

■ 認知症の人の割合(厚生労働省推計より)

65歳以上
約1割
85歳以上
約4割

そして、ここに大きな落とし穴があります。

認知症になってしまうと、本人は法的に「有効な意思表示」ができなくなります。

遺言書を書くこと、不動産の売却に同意すること、銀行口座から預金を引き出すこと——これらはすべて、「本人の判断能力があること」が前提です。認知症が進行してしまうと、これらの手続きが一切できなくなるのです。

その結果、家族が直面するのは「資産凍結」という深刻な問題です。親の財産があるのに、介護費用が払えない。実家を売りたいのに、名義変更ができない。そんな事態が現実に起きています。

だからこそ、「認知症になる前」の準備が決定的に重要なのです。

この記事では、認知症と相続・財産管理の問題を正面から捉え、今すぐ家族で取り組むべき7つの対策を、法律的な根拠とともにわかりやすく解説します。

目次

第1章|認知症になると何ができなくなるのか

判断能力と法律行為の関係

まず大前提として知っておくべきことがあります。日本の民法では、契約や財産の処分などの「法律行為」は、本人に十分な判断能力(意思能力)があることを前提としています。

【民法3条の2】
「法律行為の当事者が意思表示をした時に意思能力を有しなかったときは、その法律行為は、無効とする」と定められています。つまり、判断能力がない状態で行った契約や手続きは、後から無効になる可能性があるのです。

認知症が一定程度進行すると、この「意思能力」が失われたと判断される場合があります。意思能力が失われた場合、本人が単独で法律行為をできなくなります。

具体的に「できなくなること」

認知症が進み意思能力が失われると、以下のことができなくなります。

■ 財産の処分・管理

  • 不動産の売却・購入・賃貸借契約
  • 銀行口座の解約・大口の引き出し
  • 株式や投資信託の売買
  • 保険の解約・変更

■ 相続に関する手続き

  • 遺言書の作成・変更
  • 遺産分割協議への参加(有効な合意ができない)
  • 相続放棄の申述

■ 身上監護に関する手続き

  • 介護施設との入居契約
  • 医療行為への同意(一定の場合)
  • 賃貸住宅の解約

「資産凍結」の恐怖

特に深刻なのが「資産凍結」です。

親が認知症になった後、子どもが介護費用の支払いや施設入居のために親の預金を引き出そうとすると、金融機関はそれを拒否します。銀行は本人確認と意思確認を徹底するため、認知症が疑われる状態では大きな取引に応じないのです。

「自分の親のお金なのに使えない」という状況は、介護の現場で非常によく起きています。準備なしに認知症を迎えてしまった家族の多くが、この問題に直面します。

だからこそ、今すぐ動くことが大切なのです。

第2章|今すぐやるべき7つの対策

対策① 家族で「財産の棚卸し」をする

準備の第一歩は、親の財産の全体像を把握することです。

認知症になってしまうと、「どこに何があるか」すらわからなくなります。通帳はどこ?不動産の権利証は?生命保険の証券は?——こうした情報が共有されていないために、後から相続人が混乱することは珍しくありません。

今のうちに、以下の財産リストを家族で整理しておきましょう。

財産の種類 確認すべき内容
預貯金 銀行名・支店・口座番号・残高の目安
不動産 所在地・登記の状況・ローンの有無
有価証券 証券会社・銘柄・数量
生命保険 保険会社・証券番号・受取人
借金・保証債務 貸主・残高・返済状況
デジタル資産 ネット銀行・仮想通貨・サブスクリプション

この「財産目録」を作っておくだけで、いざというときの手続きが格段にスムーズになります。エンディングノートの活用もおすすめです。

対策② 遺言書を作成する

財産の把握ができたら、次は遺言書の作成です。

遺言書は「死後の財産の分け方」を事前に決めておくためのものですが、認知症が進んでからでは作成できません。有効な遺言書を作るには、遺言時点での判断能力(遺言能力)が必要だからです。

遺言書には主に3種類あります。

■ 自筆証書遺言

本人が全文・日付・氏名を手書きし、押印するもの。費用はかかりませんが、形式不備で無効になるリスクがあります。2020年からは財産目録のみパソコン作成が可能になりました。また、法務局に保管制度があり、これを利用すると家庭裁判所の検認が不要になります。

■ 公正証書遺言 おすすめ

公証人が作成する遺言書。証人2名の立会いのもとで作成され、公証役場に原本が保管されます。費用はかかりますが、最も確実で紛失・偽造のリスクがなく、家庭裁判所の検認も不要です。

■ 秘密証書遺言

内容を秘密にしたまま公証人に存在だけを証明してもらう方式。実務上はあまり使われません。

法律事務所としておすすめするのは、公正証書遺言です。手間と費用はかかりますが、後からトラブルになりにくく、確実に遺志を実現できます。

遺言書で決めておくべき主な内容

  • 誰にどの財産を渡すか(遺贈・相続分の指定)
  • 遺言執行者の指定(遺言の内容を実現する人)
  • 未成年の子がいる場合は後見人の指定
  • 付言事項(感謝の言葉や想いを残すことも可能)

遺言書は一度作ったら終わりではありません。家族構成や財産状況の変化に応じて、定期的に見直すことが大切です。

対策③ 家族信託を設定する

家族信託は、近年注目されている財産管理の仕組みです。認知症対策として非常に有効で、「生前の財産管理」と「死後の相続」の両方をカバーできます。

家族信託の仕組み

家族信託では3つの役割が登場します。

委託者

財産を持っている人(親)

受託者

財産の管理を任される人(子など)

受益者

財産から利益を受ける人(通常は委託者本人)

たとえば、父親(委託者)が自分の不動産や預金を息子(受託者)に信託し、父親自身(受益者)が引き続きその財産から利益を受ける、という形です。

なぜ認知症対策になるのか

家族信託を設定しておけば、父親が認知症になっても、息子は受託者として不動産の売却や預金の管理ができます。「資産凍結」を防ぐ最も強力な手段のひとつです。

家族信託のメリット

  • 認知症後も財産を柔軟に管理・処分できる
  • 後見制度より家族の裁量が大きい
  • 二次相続(子の死後の財産の行方)まで設計できる
  • 信託財産は委託者の相続財産と分離される

家族信託のデメリット・注意点

  • 設定に専門家費用がかかる(数十万〜100万円程度)
  • 信託できる財産に制限がある(農地など)
  • 身上監護(介護施設との契約など)はできない
  • 税務申告が必要になる場合がある

家族信託は設計が複雑なため、必ず弁護士や司法書士などの専門家に相談して進めることをおすすめします。

対策④ 任意後見契約を締結する

任意後見制度は、判断能力が十分なうちに、将来の後見人を自分で選んでおける制度です。

通常の後見制度(法定後見)では、認知症になった後に家庭裁判所が後見人を選任しますが、誰が選ばれるかは本人の意思ではコントロールできません。場合によっては、全く見知らぬ専門家後見人(弁護士・司法書士など)が選ばれることもあります。

一方、任意後見では、認知症になる前に公正証書で「将来○○に後見をお願いする」という契約(任意後見契約)を締結しておきます。これにより、信頼できる家族や知人を後見人として指定できます

任意後見の流れ

1
本人(委任者)と将来の後見人候補(受任者)が任意後見契約を公正証書で締結
2
本人の判断能力が低下したとき、受任者が家庭裁判所に「任意後見監督人の選任」を申立て
3
家庭裁判所が任意後見監督人を選任
4
任意後見人が財産管理・身上監護を開始

任意後見でできること

  • 預貯金の管理・払戻し
  • 不動産などの財産管理・処分
  • 介護サービスの利用契約
  • 医療機関・施設への入退院・入所の手続き

家族信託と任意後見はそれぞれ得意分野が異なります。不動産管理なら家族信託、身上監護も含めた総合的なサポートなら任意後見——両方を組み合わせることも一般的です。

対策⑤ 生前贈与を計画的に行う

相続税の節税と、生前に財産を移転しておくという意味で、生前贈与も重要な選択肢です。

ただし、認知症が進んだ後では本人の意思確認ができないため、生前贈与の有効性が争われるリスクがあります。贈与は判断能力があるうちに計画的に行うことが重要です。

主な生前贈与の方法

■ 暦年贈与(年間110万円の基礎控除)

毎年1月1日〜12月31日の間に、1人あたり110万円以下の贈与は非課税になります。ただし、2024年(令和6年)からの税制改正により、相続開始前7年以内の贈与は相続税の課税対象に加算されるようになりました(従来は3年)。早めに計画的に行うことがより重要です。

■ 相続時精算課税制度

60歳以上の父母・祖父母から18歳以上の子・孫への贈与に適用できる制度です。2,500万円までの贈与が非課税になりますが、贈与者が亡くなった時に相続財産に加算されて相続税が計算されます。2024年からは年間110万円の基礎控除が追加されました。

■ 教育資金の一括贈与(最大1,500万円非課税)

30歳未満の子・孫への教育資金として、金融機関の専用口座を通じて一括贈与する制度。学校の授業料・入学金などに使えます。

■ 住宅取得等資金の贈与(最大1,000万円非課税)

子・孫のマイホーム購入に充てるための資金を贈与する場合、一定額まで非課税になります。

生前贈与は税務上の注意点が多く、税理士との連携も重要です。弁護士・税理士のダブルチェックをおすすめします。

対策⑥ 兄弟間での合意形成をしておく

相続トラブルの多くは、事前の話し合い不足から生まれます。「うちの家族に限って揉めない」と思っていても、いざ相続が発生すると感情が先走り、思わぬ対立が生まれることは珍しくありません。

認知症になる前の今こそ、親を交えた家族会議を開くことが大切です。

家族会議で話し合っておくべきこと

  • 親の財産の現状と行方(誰が何を引き継ぐか)
  • 介護の役割分担(誰が主に介護するか)
  • 実家・不動産の今後の扱い(誰が住む?売却する?)
  • 遺言書の方針(親の意向を確認する)
  • 緊急時の連絡体制と意思決定ルール

特に、介護に貢献した相続人の「寄与分」については事前に理解しておくことが重要です。兄弟の一人が長年介護をしたにもかかわらず、法定相続分通りに分割されることへの不満がトラブルの原因になります。

また、特別受益の問題もあります。生前に兄弟の一人だけが多額の援助(教育費・住宅資金)を受けていた場合、相続の際に不公平感が生まれます。こうした事情を生前に整理しておくことで、死後のトラブルを未然に防ぐことができます。

話し合いが難しい場合は、弁護士が「家族会議のファシリテーター」として入ることも可能です。第三者がいることで、冷静な話し合いがしやすくなります。

対策⑦ 専門家に早めに相談する

以上の6つの対策は、いずれも専門家のサポートなしには難しいものばかりです。

「まずは無料相談だけでも」という気持ちで、弁護士・司法書士・税理士などの専門家に早めに相談することをおすすめします。

弁護士に相談すべきケース

  • 家族関係が複雑(再婚・非嫡出子・養子縁組など)
  • 遺産が多く相続人間でトラブルになりそう
  • 遺言書の内容について法的なチェックが必要
  • 任意後見契約の設計・締結

司法書士に相談すべきケース

  • 家族信託の設計・登記
  • 不動産の相続登記
  • 任意後見契約の公証役場での手続きサポート

税理士に相談すべきケース

  • 相続税がかかりそうかどうかの試算
  • 生前贈与の節税プランニング
  • 相続税申告

多くの法律事務所では、初回相談を無料で受け付けています。「何を準備すればいいかわからない」という段階でも、まず相談してみてください

第3章|認知症が進んでから使える「法定後見制度」

万が一、準備をする間もなく親が認知症になってしまった場合でも、法的な手段がないわけではありません。法定後見制度を利用することができます。

法定後見制度の3類型

法定後見は、本人の判断能力の程度によって3種類に分かれます。

■ 後見(最も重い状態)

精神上の障害により判断能力が欠けている場合。家庭裁判所が選任した「成年後見人」が財産管理・身上監護のほぼすべてを代行します。

■ 保佐(中程度)

判断能力が著しく不十分な場合。「保佐人」が一定の重要行為について同意権・取消権を持ちます。

■ 補助(軽度)

判断能力が不十分な場合。「補助人」が特定の行為について同意権・取消権を持ちます。

法定後見のデメリット

法定後見はいざというときの「最後の手段」ですが、次のようなデメリットがあります。

  • 後見人を自分で選べない:家庭裁判所が選任するため、弁護士・司法書士などの専門家後見人が選ばれることが多い
  • 費用がかかり続ける:専門家後見人には毎月の報酬が発生する(月2〜6万円程度)
  • 財産の自由な活用に制限がある:投資や積極的な資産運用は基本的にできない
  • 一度始めると原則として本人が亡くなるまで続く

このため、法定後見は「できれば使わずに済ませたい制度」です。事前の準備がいかに重要かが、ここからもわかります。

第4章|よくある疑問Q&A

Q親が軽度の認知症と診断されました。まだ遺言書は作れますか?

A軽度であれば、医師が「遺言能力あり」と判断できる場合に遺言書の作成が可能です。ただし、後から「遺言能力がなかった」と争われるリスクに備え、公正証書遺言の形式で作成し、医師の診断書や立会人の証言を記録に残しておくことをおすすめします。公証人も遺言者の状態を確認するため、早めに公証役場に相談してください。

Q家族信託と任意後見、どちらが優先されますか?

A両者は対立するものではなく、役割が異なります。財産管理(特に不動産の売買や賃貸経営)には家族信託が強く、生活・医療・介護に関する身上監護には任意後見が対応します。多くの場合、両方を組み合わせて設計します。

Q兄弟の一人が親の財産を使い込んでいた場合はどうすればいいですか?

A不当な使い込みがあった場合、他の相続人は相続開始後に「不当利得返還請求」や「不法行為に基づく損害賠償請求」を行うことができます。証拠(通帳の記録、振込履歴など)をできる限り保全しておくことが重要です。早めに弁護士に相談してください。

Q親が遺言書を書いてくれないのですが、どうすればいいですか?

A無理強いはできませんが、「子どもたちが困らないために」という動機から話し合うことが有効です。また、エンディングノートを書くことへのハードルは遺言書より低く感じる方が多いため、まずそちらから勧めてみるのもひとつの方法です。話し合いの場に弁護士を交えることで、親が腰を上げるきっかけになることもあります。

Q相続税はどのくらいかかるか心配です。事前に計算できますか?

A相続税は「基礎控除(3,000万円+600万円×法定相続人の数)」を超える部分に課税されます。たとえば、法定相続人が3名なら基礎控除は4,800万円です。財産の総額がこれを下回れば、基本的に相続税は発生しません。税理士に相談すれば、現在の財産状況に基づいた具体的な試算が可能です。

第5章|チェックリスト|今すぐ確認すること

以下のチェックリストで、現在の準備状況を確認してみてください。

【親御さん向け】

自分の財産(不動産・預金・保険等)の一覧を家族と共有している

遺言書を作成している(または作成を検討している)

家族信託または任意後見契約を検討・設定している

介護が必要になったときの希望を家族に伝えている

エンディングノートを作成している

【子世代向け】

親の財産の大まかな状況を把握している

相続について親と話し合ったことがある

兄弟間で介護・相続の方針について話し合っている

家族信託・任意後見について調べたことがある

弁護士・税理士など専門家に相談したことがある

ひとつでも「できていない」ものがあれば、それが今すぐ動くべきポイントです。

まとめ|「いつかやろう」では遅すぎる

認知症になってからでは、できることが大幅に制限されます。遺言書も書けない、家族信託も組めない、生前贈与も有効にできない——これが現実です

だからこそ、今この瞬間が一番早いタイミングです。

本記事でご紹介した7つの対策をまとめると、次のようになります。

  1. 財産の棚卸し:家族で財産の全体像を共有する
  2. 遺言書の作成:公正証書遺言が最も確実
  3. 家族信託の設定:資産凍結を防ぐ最強の手段
  4. 任意後見契約の締結:身上監護まで見据えた準備
  5. 生前贈与の計画:税負担を減らしながら計画的に移転
  6. 兄弟間での合意形成:死後のトラブルを防ぐ話し合い
  7. 専門家への早期相談:一人で抱え込まず、プロを活用する

これらを一気にすべてやる必要はありません。まずは「家族で財産について話し合う」ことから始めてみてください。その一歩が、将来の大きなトラブルを防ぐことにつながります。

私たち尾畠・山室法律事務所では、認知症対策・相続準備に関するご相談を随時受け付けております。「何から始めればいいかわからない」という段階でも、丁寧にお話をお伺いします。初回相談は無料ですので、お気軽にご連絡ください。

【免責事項】
本記事は一般的な法律情報の提供を目的としており、個別具体的な法律アドバイスではありません。個別のケースについては、必ず専門家にご相談ください。また、法律・税制は改正される場合がありますので、最新の情報をご確認ください。

尾畠・山室法律事務所|福岡県福岡市|相続・家族信託・任意後見

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この記事を書いた人

山室 拓也のアバター 山室 拓也 弁護士

日々ご相談を頂く中で法律問題ではない相談に直面することもございます。司法書士、社労士、税理士、弁理士といった士業と連携するにとどまらず、探偵業、不動産業、製造業等を営む方とのネットワークを有することで、法律問題に限らず法律以外の解決策を提示させていただくなど、相談者様に寄り添った解決策を導き出します。

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